SF/FT雑記




過去ログはこちら1 こちら2 こちら3 こちら4






エコーン

 集め始めた当初は、中古の小物を探しても1号機ユニコーンモードのアイテムだけ全く手に入らなかったのだが、異常にめぐりあわせが悪かっただけの話なのか、ここ最近は(先日のアサキンを皮切りに)割と遭遇率が高い。そのうち中古屋のバスケットの沼の中から発掘した(150円)固定ポーズ小品である。
 ポーズに見覚えがあると思って手にとったのは、ネットで立体物を検索中に見かけた画像のガンコレDX9か何かの記憶だったと思われるのだが、よく見るとポーズが異なり、もっとよく考えてみれば、サイズ(8cm級、アサキンやSTANDart同様1/220-250くらい)からしてガンコレ(1/400)とは全然違う。謎のフィギュアで済ませてもよいのだが、できるだけ情報は頭に入れておきたくなる。数時間かけた結果、どうやら雑誌付録(電ホ2009.11)だとわかったのである。見かけとユニコーンモードとサイズだけの情報で数時間でここまでわかるのはたいした時代になったと感慨にふけっている場合ではない。
 往年の電ホなどの雑誌付録のUCものには、これまでに紹介した各種生首、アサキンのバンシィ・ノルン(ユニコーンモード)の他にも、コンバージの1号機ユニコーンモードパールコーティング(これも以前別の店の沼から発掘した。245円)やマリーダバンシィユニコーンモードなど、中々悪くないラインナップが並ぶが、これはそれらの中では珍しいほどの結構な「ハズレ」だと思われる。当時の食玩「ガンダム大全」に合わせたフォーマットになっているというが、調べてみるとガンダム大全自体の評判もさほど良くないらしい。2009年11月というとアニメ化予定に伴うUC製品ラッシュの頃で同年同月にHGUCのようなUC立体物の歴史的名作や、前月にはSHCM-Proが出ている。が、それら著名な作は、この付録のような人知れぬ代物が埋もれた山の上に載っていたというのを強く感じさせる。
 ユニコーンモードの真髄と当時から認識されていたであろう純白の機体にモールドなどはかなり注力されていることが今でも伝わってくるが、アニメやPG以後の今となってはバランスやディティールには疑問というか違和感がかなり大きい。前期型プロポーションとしても極めて貧弱であり、特に二の腕とフェイスがあまりにも細すぎてエルガイムmkIを通り越してイングラム(ブッチーさんごめん)か何かのような印象を受ける。というか太田さんが乱射しながら突進するのを見て及び腰・おっとり銃になっているモブ警官のイングラムエコノミーのようだ。



方舟

 今回はユニコーンとはまた別の馬の話である。筆者が一番最初に手にしたガンダム関係の立体物は、(最初のガンプラブーム当時、それしか手に入らなかったというのもあるが)1/2400の方のホワイトベースである。
 箱絵と組み上がった物を見た妹(当時2歳)が、お馬さんなの、と聞いた。実際にそれが何なのかは説明できる気がしなかったので、その通りに、木馬(普通の日本語の「も↑くば↓」でなく、シャアが毎回するように「も↓くば→」と発音)だと答えるしかなかった。
 リアルロボットというものの嚆矢において、WBが味方勢力には本名で普通に呼ばれているのに対して、敵勢力が未識別艦を「木馬」と通称することの斬新さ、そのWBのビジュアルから一目瞭然の自然さは、1stガンダムの秀逸な点としてよく挙げられる。この問題に限らず1stガンダムの表現の秀逸さを考察する際には、この妹の言葉がいまだに鮮烈に蘇らずにはいられないのである。

 池袋のヤマダ電機には、コンバージのホワイトベースの箱が半額以下で山積みになっているが、尼損でそれよりさらに下がっても買う気にならないという声を頻繁に耳にする。コンバージ(55mm)が収納できる大きさで、しかもある程度コンバージのディティールと違和感がないような形状とリアルさが必要だが、出来上がってみたらリアル形状でもないし、さほど細部の出来もよくないという、見事に中途半端に仕上がってしまったというものらしい。
 過去、ガンダムコレクション(1/400)などでも収納できるWBが商品化されているがずいぶんと不評で、古くなればなるほど評判がよくなり、SDではSDガンダムフルカラー、リアルでは結局のところ消去法で旧キットの1/1200が残るらしい。(冒頭で挙げた1/2400のメカレクションサイズと異なり)1/1200はマスコットの艦載機も搭載ギミックの類も一通り揃っている。

 マスコットの艦載機各種を搭載できるこれらのWBの巨大玩具は、欧州では「ノアの方舟の玩具」の類型に属する。
 巨大な船と膨大な種類の動物のミニチュアがセットになった玩具(必ずしも聖書準拠に限らないこともある)は、キリスト教圏では古くから極めて定番の類型の玩具であるといい、欧州の児童文学や児童研究書にもしばしば登場する。他ならぬバンダイのサイトに載っているドイツ製のものは、1mもの方舟に、文字通り数えきれないほどの動物を搭載可能なものである。
 ガノタには説明するまでもないことだが、ホワイトベース自体、1st前半の展開に顕著だが、難民の脱出流浪する方舟のモチーフがあり(1stのアイディア元の15少年漂流記は後にバイファムにも流用された)ブライト・"ノア"という名自体が方舟の船長を命名元とする。ヤマトが結局は海外展開での訳語のように「アルゴー船」(英雄を満載した攻性の探索船)であるのとは対照的であり、SDF-1マクロスはその折衷である。余談はともあれ、方舟としてのMS母艦を玩具化することは、玩具そのものの形態としても非常に由緒が正しく正統派のものだといえるのだが、立体化例はその知名度から考えるとなぜか少なく、WBが長いガンダム史で複数回ある程度である。
 ガンダム製品のリアルなスケールモデルに振るか大味な玩具に振るかというかなり重大な二律背反は、MSの場合は受け手が意識することすら無いほどに丁度良い箇所に落ち着いているのだが、艦艇や他の周辺メカ(MAや非機動兵器も含む)はことごとく迷走やシリーズの中断などを繰り返している。商品化例が少ないからそうなっているのではなく、(前述の方舟のように)素材自体には魅力的な商品となり得るポテンシャルがあるにも関わらず、ヒット商品を生み出せないため蓄積しない、という側面を強く感じる。他の艦艇や非機動兵器はともかく、WBについては、そもそも2歳児が馬そのものの再現だと感じたように、特に玩具的であり、大味に振ったものに正解のヒントがあるように思える。





ち寝


 『ガンダムセンチネルRPG』というTRPGのことを知っているだろうか。ガンダムシリーズはその展開と年数の規模、ファン層の合致に比すると、日本でのTRPG化はかなり盛り上がっていないといえるが、一応原作の年季上複数のゲームシステムが存在し、これはそのうち古めのひとつである。題名が題名だが、コンセプトは「ただのガンダムTRPG」の一種で、センチネルという作品の特異なMSデザイン思想とか面倒極まりないメタ事情とかに何か関係があるわけではない。
 ガンダムのテーブルゲームというと、さらに古くからツクダの無数のウォーゲームがあり、筆者のかつて参加していた卓を含めてそれをTRPGに転用していた鳥取なども多いと思われるが、それらに触れているゲーマー、また少し後にはバトルテックなどの真っ当な兵器ロボット卓ゲーに触れたゲーマーには、この『ガンダムセンチネルRPG』シリーズはかなり物足りなかったと思われる。このシステムを回顧する卓ゲーマーからは世にも珍しいd66のシステムが決まって話題になるがそれは些末事として、「宇宙世紀ガンダムの再現」として見ると、CD&D(現D&Dではない)の流れをくむ「当時の他のTRPG」の文脈で作られている節があり、強力なユニットは(無論MSサイズでも)大量のヒットポイントを持っていてビームライフルでも数発の直撃でもびくともしないなどコレジャナイ感が強い。シンプル武装の1stやZが蝶のように舞い蜂のようにブスリ♂といった宇宙世紀初期ヒロイック絵面には向いておらず(火力とスペックの針鼠を馬鹿一に並べ立てるだけのセンチネルのMSラインナップがそもそもその絵面とはかけ離れているのだが、別にこのTRPGがセンチネルのそれを特に再現したシステムというわけでもない)むしろ、ブラウン大尉率いるギラドーガ隊が頭だけガンダムの巨大MAといったデカブツを数機がかりで取り囲みありったけ弾を叩き込んでDOK DOK BAGOOOMといった山場の再現に向いているように思える。しかし、ヒロイックには向いていないが、かといってCD&Dや初期ファイナルファンタジーじみたhp削りに兵器ゲームの雰囲気があるでもなく、総じて微妙といえる。
 雰囲気が微妙だからといって遊べないわけではなく、シンプルなシステムはソロゲームが充実しており、hp削りの古式然としたシステムはバランスが把握しやすく、データの追加も容易である。元ルールには0079,88年のごく一部の機体しかデータがないが、カザンの闘技場のように機体や敵パイロットのデータ、ランダムチャートをどんどん追加して自分達の卓では結構遊んでいたものである。

 ここでようやく本題だが、20年くらい前に見かけた(当サイトより昔からあった)大量データ追加サイトが、ほとんど当時そのままの形で存続している。上述のようにごく一部しかない機体データを、UC0079-ひいては0153代まで公式や怪しいものまで当時から網羅しルールもフォローしてあるものであったが、おまけにかなり最近追加されたものとしか考えられない機体データも見られる。当サイト訪問者には、WizardryTRPGの追加データ・ルールが目につく(あるいはかつて見かけた)かもしれないがこちらも古さや位置づけは似たようなものである。「帰れるところがある」システムは恵まれている。



奈良ティブ美智ガンダム


 公式サイトより


 SDガンダムNEOは、いまだに食玩の主力商品といえるコンバージや、最近のスパロボ的な高めの頭身SDガンプラなどに比べると、昔のガン消しSDガンダムに近い頭身バランスのシリーズである。その頭身での情報量の多さが売りらしく、現物の塗装やモールドのディティールはそれほどサンプル写真を離れておらず、クオリティは高い。公式サイトでは展開中のシリーズに入っているが、3ラインナップ後、丸一年停止している。

 が、周辺のディティールをシャープにするためであろうか、やけに強調された顔のバランス(ガンダムフェイスの場合、他のSDに比しても上下に短いフェイス、奥まった釣り目、フェイスの下半分が張り出したような感)のために、なんか奈良美智を思い出す。





朝筋コーン


 尼損


 先日述べたように中古屋でジャンク類を漁っていても1号機のしかもユニコーンモードには滅多に遭遇できない中、とうとう確保した。ちなみに上記のように尼では最低額が5000円近くウボァーとなるが、一部レビューサイトによると、ASSAULT KINGDOMの中でもこのユニコーンモードは当初から品薄ぎみで現在はレア化しているようである。運よく中古屋などの店頭で遭遇できれば、おそらくそれほどぼったくられずに入手も可能と思われる。

 これは全高8cmほどのソフビ(PVC)+一部ABS製の食玩である。サイズ相応ではあるが普通に可動しそうな所はでき、全身が可動部材そのものなのだ(マリーダでもクロノクルでもいい)といった感でアクションフィギュア的にグニグニと動かしたり装備をスポスポと交換して様々な状態でディスプレイしやすい。
 塗装や細部ディティールはこのスケールかつ食玩としては一通り施されているが、パッケージ画やバンダイや尼損の広告画像に比べると、現物は数段〜十数段へぼい。現物は一度別のレビューサイトや動画等で確認してみてもいいだろう。前に紹介したSTANDartと比べると、あからさまにディティールのキレ(エッジ等)が悪く、塗りが悪く(色分けも少なく)サイズもほぼ同じだけに大幅な落差が際立つ。装備のための大穴やピンがそこかしこにあるのも玩具的である。
 例えば、このユニコーンモードの場合はほぼ白一色なので塗り分けミスが気になるような箇所はほぼ無いだろうと思わせておいて、成形色がグレーで白で塗られている箇所も多く、(筆者の入手した個体では)塗膜にムラが多かったり、塗膜が厚すぎてせっかくのユニコーンモードのモールドがつぶれている箇所がある。また、後述するバンシィは成形色が黒系なので特に目立つが、脚の後ろ側がランナーから乱暴にちぎったようなえぐれて白化した跡になっている。
 ただし、これも後述するが、個人的にはこの完成度のへぼさは大きな欠点とは考えていない。何にせよ、あくまでソフビ食玩相応のクォリティ、かつへぼさに対する実売価格の割高感を納得できる人向きである。

 塗装や細部はともかく、全体的なプロポーションバランスは中々である。このユニコーンモードは(デストロイモード以上に)あからさまに『後期型』の体形である。異常にぶっとい下腕(マウント箇所の大穴の強度確保のためだが)をはじめ全体的にHGUCによく似ているが、PG的な大顔に、肩がかなり大きく胴が多少長いのでRGを思わせる部分もある。また、股間のシドンフの下端が両脚前のスカートアーマーよりも下まで伸びているのは、設定画・前期型・後期型含めて、他には以前紹介したトールギスコーン(新版Robot魂フルアーマーユニコーンモード)以外には確認できない。これは可動域の割に脚が短く見え、立てばどっしり動けば軽快という効果を上げる。総じて(結果的に)後期型の様々な立体物の集約のような体形となっており、このサイズでなにげに充実感が高い。

 なおデストロイモードの方が需要があり、一般に可動玩具として入手してみたいとなればそちらと思われるが、最終改良金型の1、2号機のセット(元は定価3000円台)は、新古・中古で1000円台で容易に入手できることが多く、これがリーズナブルだろう。一方、1号機の『フルウェポンセット』が、最終決戦カラー(緑フレーム+薄緑の本体色)に1−3号機のフルアーマーやアームドアーマーの全仕様が付属し、幻の「フルアーマープランB」が再現可能としてモデラーらの間でも一時話題になったものだが(プランBはゲーム版権の都合で商品化が難しく、当初このフルウェポンの他には無かった。最近では名前と細部を変更してRGやHGの限定版、ペルフェクティビリティとして出ている)、2000円台後半という定価に加えて、実売は中古でも定価よりやや上の3000円台のことが多く、かなりの割高感がある。だがバンシィの方は要らないとかプランBに興味があるとかであれば、こちらもそれなりの選択肢であり、値下がりしていれば買いである。いずれも、オークションなどではもっと安価で入手できることもあるだろうが、この品は多数付属する部品(武装)もキモなので、欠品の可能性の高い・信頼性の低いルートはおすすめできないだろう。なお、この他、冒頭のユニコーンモードと同時期の、シリーズの初期の単品の1、2号機各デストロイモードも、中古店店頭で食玩相応の価格で安めに手に入るが、こちらは付属装備も少なく、金型改良前で換装できない装備が多いので(単品としては)あまりおすすめできない。
 2機セットの1号機は、通常のフル装備(バズーカやガトリング)が付属しているが、おそらくフルウェポンから流用したランナーの都合でフルアーマー装備の一部(ミサイル、グレネード、2門目のバズーカ)も付属している。バズーカや脚にも孔があいたままなのでこれらの装備も可能である。全部装備させると1stのア・バオア・クー戦を思わせる(というかユニコーンのフルアーマー自体がこれが元ネタだが)ちょうどいい感じの重装備になる。
 バンシィは(おそらく先のフルウェポンの流用で)アームドアーマーが一通り付属しており、マリーダバンシィもノルンも普通に再現可能だが、なぜかアームドアーマーDEでない普通の黒シールドは閉じた(ユニコーンモード用の)状態しか付属していないため、ガンプラのように小説版を再現することだけはできない。こちらもフルウェポンの金型流用らしく脚に孔があいていたりするので、1号機やフルウェポンの装備を流用できる。アームドアーマー含め、多数付属する装備のほぼ全てが1・2号機で換装・共用可能である。
 というか1号機もデストロイモードなのになぜか閉じた白シールドが1枚付属しているが、おそらくどれかの部品(同じ成形色の本体の一部)と同じランナーか何かの都合で付属が容易+削ってもコストがさほど下がらない、等の製造事情があったのだろう。
 装備についても、アームドアーマーVNの爪が展開状態に可動する、BSが展開可能、(フルウェポンの)フェネクス用のDEと背中との接続部が可動するなど(これらはHGUCではいずれも固定であった)、BB戦士同様に、HGUCの物足りない部分に手の届く出来になっている。

 総じて全体的プロポーション、可動、付属アイテムなどは優秀、塗装やエッジの緩さや接続大穴などディティールがへぼいという両極端だが、この仕上げのチープさが、逆に存分に弄ってもいいという雰囲気を醸し出している。多少は塗装がさらに剥げたりエッジが鈍ったり関節やパーツ接続部を酷使したりしても、現状よりさほど悪くなりようがない。どうせ静置させて凝視するとかではなくしじゅう動かすのだから、細部に手を加える気も起きず、しかし雰囲気には充分すぎるバランス(後期型プロポーションとか)や塗装は施されている。
 そういう側面においては、高価なrobot魂などと比べても、逆説的に「純粋な可動玩具としての『完成度』は高い」製品といえる。小スケールだが、かつてのMIA(MS IN ACTION)を思い出させる。バンダイはMIAなきあと、こうした廉価玩具は食玩で供給するようになって久しいが、それも近年は迷走ぎみな点は別の機会に譲る。

 正直、たまにポーズや武装を変えつつ机などに置いておく立体物としては、このアサキン群、ユニコーンモードと、デストロイモード各種(赤フレーム、バンシィ、フルウェポンの緑フレーム)があれば、RX-0シリーズ全部(フルウェポンでフェネクス仕様も、ペルフェクティビリティに近いプランBも再現できる)これだけで事足りる。心ゆくまで動かせるし、場所も取らない。先に述べたもやしコーンだのトールギスコーンだの、1〜3号機のHGUC大家族だのは買う必要は全く無かったのである。ユニコーンに限ったことではないのだが、つくづく商品に出会う順番の巡り合わせが悪いと思わせる。





メメタァコーン


 尼損


 GFF-MCの名の後半からメタコンと呼ばれ、ユニコーン1号機のそれはUC玩具派からはメタコーンでも通じる(ガンプラ派に通じるかは不明)。以下記事で単にGFF-MCとだけ言うとRX-0シリーズの共通金型を用いたそれを指す(他のMGやらのグレード名も同様だが)。
 RX-0の完成品玩具、かつ市販立体物中で「最高級品」フラグシップ的な扱いを受けていることもあった製品である。登場当時ダムエー系単行本に挟んであったチラシの、夜景を背に「大人の趣味、なんだよね」なるキャッチフレーズの広告を覚えているガノタも多いだろう。GFF自体がそういうことを嘯くシリーズというが、現にそのチラシをはじめ多くの広告に一緒に載っていたHGUCデストロイモードの「10倍」という価格が道楽酔狂人の大人以外お断りの異常な高級感・贅沢感をアピールしていた。福井のとっつぁんにも「これ(GFF-MCユニコーン)が欲しくてUCを書いた」などと言わしめた品で(もっとも、とっつぁんが玩具に軽々しく賛辞を寄せることは珍しくなく、PGユニコーンの説明書などは有名だが、実は過去記事の例のへろへろなもやしコーンにすら煽り文句を寄せている)いまだに商店広告などでも,ユニコーンの立体物の最高峰、という売り文句が添えられていることもある。が、これから述べていくが、(2018年9月現在判断するところ)これらの評はあくまで先行商品が少なかった頃のものに過ぎなくもある。

 UCアニメ化開始直後、2010年3月27日の品で、同じ完成品ではSHCM-Proや、ガンプラではHGUCよりは若干後になる。それよりかなり前に出ていたガンプラMGと同じ1/100スケールのためもあり、構造や外観上は共通点が多い。とっつぁんがPGユニコーンの説明書でZの可変キットを引き合いに出していたことに倣うわけではないが、「ユニコーンのMGとGFF-MCの関係」は、「Zの放映当時の1/100旧キットとDX変形玩具」との関係、またこれらのユニコーンとZそれぞれの長い立体史の中での位置づけとも、なにかと共通点が多い。
 このGFF-MCの初出は2018年現在から見るとかなり過去の商品となるが、同じ金型で何種類かバリエーションとして数年間リリースが続いたため、通販や中古店などを利用すれば、どれかのバージョンの定価前後での入手はさほど難しくはない。冒頭の尼損は最初の版でやや入手困難で価格が安定しないが、後の版はより入手しやすく、また状態の劣ったものなら中古屋店頭等ではかなり値下がりしている。

 出来については、ガンプラ派からは、高級品と銘打たれていても所詮「MGの完成品に過ぎない」と評価されることがある。ある意味では妥当な形容と言え、いわゆる前期型のプロポーション、ほぼ設定通りの変形機構(設定と違う頭部変形もMGと共通)、非常に貧弱な可動、などもMGを概ね踏襲している。可動やプロポーションは改良されているというが(例えばMGの批判点のひとつの肩について、若干大型化され上に付いたなど)MGの最大の批判点である異様に細長すぎる脚や小顔を含め、全体的には大差はないといえる。尼損やバンダイの商品写真では一見それほど目立たないように見えるが、現物、またネット上の多少雑に撮られた写真ではアンバランスは相当に目立つ。
 ここで、MGやSHCM-Pro等の前期型プロポーションの支持者は、「ユニコーンモードを基準としてデストロイモードは故意に『ヒト型としては異形』となるようデザインされている」ためこれが正解であるとか、ユニコーンモード側のバランスはとれていると主張するが、ユニコーンモードの追及を主目的としている筆者に言わせても、後期型プロポーションをしのぐ説得力があるとは言い難い。なお、このGFF-MCのユニコーンモードの細身でこぢんまりした印象は、前期型の中でもことに、どこかもやしコーンとも共通している。

 しかしプラキットのMGとの当然ながらの差として、完成品かつMETAL COMPOSITEの名は伊達ではなく、金属パーツを要所に用いた構造はかなり頑丈である。可動やプロポーション以上にMGの問題点とされる、動かすだけでポロリ(パーツ脱落の俗称)や、変形に全身分解が必須だったりその四肢が変形中さらに分解や破損するようなことはまずない(ただしGFF-MCにも個体差があるという報告があり、後述する)。MG, RG, PGには変形を維持するためにストッパー構造をはめこむ手動操作を要する箇所も多いが、このGFF-MCはそれらが設けられておらず、引っ張っただけで完了しロックされ、維持されている箇所も多く簡易性かつ安定性が高い。

 反面、高級完成品の名を冠するには難のある点もある。バンダイの(ガンプラキットの完成度に対して)完成玩具に寄せられることが多い批判、特にGFFシリーズには著しいが、組み立て(パーツの合い、塗装など)の精度はお世辞にも良いとは言えない。また非常に当たりはずれも激しいとも耳にする。塗装が大幅にずれているだの関節が動かないだの関節が接着されていただのパーツが逆さまに接着されていたといった尼損のレビューは、いわゆるクレーマーも多いので鵜呑みにはできないが、GFFシリーズにはある程度定着しているものとして外部でも見る評価で、一定数は存在するとみるべきだろう。さらに、この製品はバリエーションや再販を繰り返したため金型がへたっており、後期バリエーションのものは関節などの合いが著しく悪かったり、ポージングだけで手足がもげたりMG級にポロリするものが少なくないという評も耳にする。
 筆者の入手した個体は初期のもので、関節や可変構造は前述のようにとにかく頑丈で緩くも硬くもなく精度が高いが、塗装はそれほどよくなく、さらにスカートアーマーの目立つところなど数か所に小学生がガンプラのゲート処理を失敗したようなバリがある(また、既に接着が剥がれていた箇所があったり、全体的に退色しているが、入手時点で製造後7、8年を経たプラスチック製品である以上これらは致し方ない)。

 可動がMG同様にきわめて貧弱なので、「好きな形態と武装でカトキ立ちさせておくディスプレイモデルと割り切るべき」という見解がある。1/100のサイズでのユニコーン自体のディティールはそれなりに見ごたえがある。が、プロポーション自体には前述のようにかなり問題が多く、組立塗装による外観に難のある個体もある。動かさないディスプレイモデルとしての面だけですら、フォルムやプロポーションが遥かに洗練されたPGやRGもある。また、GFF-MCはディティールや面取りなどの面でも、PGはもちろんサイズの小さいRGに比べても、意外なほどに情報量に乏しい。現在、パチ組み簡単仕上げでも驚くほどの物に仕上がるPGやRG(ついでに上述したようにちょっとしたガンプラ派にとってはMGもそうだろう)に対して、GFF-MCに「完成品」の名と価格に相応なほどの大きなアドバンテージは乏しいと言わざるを得ない。
 前述したが、また他記事でも述べるが、他のユニコーン立体物では得られないGFF-MCの利点は、ガチャガチャと何度変形させても安心な頑丈さからの「変形玩具」としての用途である。かなり不完全なパーツ交換変形のSHCM-Proと違ってほぼ設定通り(頭部など一部除く)の完全変形で、変形前後にも安定性があり、プラキットのPGやRG(ただし、これらも従来の変形キット一般に比べ、変形玩具として見ても充分なほどに安定している)よりも当然ながらさらに頑丈で安心感が強い。が、これも別記事で述べることになると思われるが、ただそれだけの利点にPG以上の値を払うのは、リーズナブルとはいいがたい。

 しかし無論、完成品派でかつRX-0の変形を求めるユーザーに対しては、「完全変形する完成品」としては、後継や代替となる製品は2018年9月現在、いまだに他に存在していないというのが現状である。

 筆者は実はRX-0の立体物として、最初はこのGFF-MCを購入しようとしていた。他でも述べることになると思うが、これがすぐに入手できなかったことと、調べているうちに興味が生じたことでガンプラRGの方を購入することとなり、RGを組んだこと(その長時間の製作過程、完成した品を含む)が原因で、ユニコーンそのものの魅力にとりつかれた、という経緯がある。
 もし最初に入手したRX-0の立体物がRGでなく、このGFF-MCだったとしたら、最初から「完成品(解答)」を手にし、そして「この程度のものが(このレベルの完成度やディティール、プロポーションのものが)ユニコーン」だと思っていたら、これほどユニコーンに執着すること、RX-0収集の無限地獄にはまることはまず無かったに違いない。それが幸か不幸かはわからない。
 さらに言えば、結局は後になってGFF-MCの方も入手することになったのだが、RGなどの後に入手したGFF-MCは、「最高級品の評判と価格、かつRGよりも大スケール」への大きな期待に反して、(先述した個体差や経年のためもあるが)非常に期待外れなものであった。もはやこうなれば、RX-0の市販立体物の真の頂点をこの目で確かめるしかない、あるいは、自分が求める立体物は(実に大袈裟だが)結局は自分の手で組み上げる他にない、それが遂にPGに手を出させることになるのである。





秩父のユニコーンII




 立体物は場所を取るが3Dモデルは何種類あってもよい。紫式はすでに多くの動画で使われているもので、一見複雑な表面はテクスチャで表現されており、大きさ、ボーン構造ともにあにまさ式軍曹などと共通点が多くMMDモーションが流用でき汎用性が高い。みんみん式はPGを再現したもので、文字通りパーフェクトな後期型の理想形状だが、ボーン構造が他のMMDモデルとは異なりモーション流用にはボーン名変更などの工夫が要る。また、顔がでかくて(中略)ちょっとずんぐりむっくりな感じぃする頑丈な体をしてるPGより、設定画や前期型が好みの人も多いかもしれない。Triple Zeta式が、肩の小ささや全体的な細身など前期型の雰囲気を伝えている。いずれも(何分もかかるガンプラや玩具に対して)スライダー操作ひとつで変身する。



生首コーン


 尼損では完成画像が出ないので画像検索


 デビルガンダムヘッドUC、では長いので以下通称は「生首」である。1/48サイズで、変形機構を備えた生首に、首元がディスプレイベースになっている。変形機構はこの時点で先行しているMGとほぼ同じ構造(つまり加ト吉の設定画とはやや異なる)である。なお、福井のとっつぁんによると、RX-0のモードチェンジは変形ではなく「変身」だが、モデラーらは慣例的に「形態変化ギミック」を変形と総称するので、劇中のMSではなく模型のギミックについて問題とする場合、以下、一律「変形」と呼ぶ。以後の記事においても同じである。
 この生首は電撃ホビーマガジン(廃刊)の付録だったもので、ユニコーン1号機以外にもバンシィ、シナンジュ、ZやGセルフ、かなり後日に1号機の成形色を変えてダムエー別冊の付録になったものなど何種類か存在した。また、限定版のひとつHGUCデストロイモードの最終決戦バージョン(黄緑サイコフレーム、半クリア薄緑本体)がなぜか同カラーの生首とセットになっており、このセットも様々なイベントや、お台場のガンダムベース東京等で販売されている。

 雑誌付録で一般販売はされておらず、その雑誌もかなり過去のものだが、通販や中古の類を利用すれば、実は今でも入手はたいして難しくない。例えば中古ガンプラ屋によっては、電ホの付録の段ボール箱未開封状態のもの単独(雑誌なし)でわりと大量に置いてあり、600-1000円程度で入手できることがある。また、上記の最終決戦セットも今でも在庫があればガンダムベースで、また結構な数が流通しているので同様に通販や中古屋などでも定価前後で入手できる。(ちなみに一番くじ完成品など、同じRX-0のヘッドモデルでも異なる商品、変形機構が異なるものなども存在するので、単独で入手する場合要注意である。)
 電ホ付録のものは本体成形色が白でサイコフレーム(つまりデストロイモードの目元・口)が赤の2色で、色分けシールなども無いので塗装しないと素っ気ない。最終決戦セットのものは本体が半クリアの薄いパールグリーン、フレームが黄緑なので、塗装しないのであればこちらが良いのかもしれない。(ただし、ダムエーのものもだが、本体の半クリアパーツはやや硬く脆い)。

 実際に雑誌付録だった頃の状況を想像すれば、模型誌は買ったがガンダムUCには興味が無かった人、さらには興味があっても「首だけあってもしょうがない」と思った人も多いだろう。未組立の中古が大量流通している、つまり雑誌を買ってもこれはそのまま売り払った人が多いのもそのためと思われる。(ちなみに最終決戦セットにしても、生首なんぞつけるよりアニメ最終戦で使っていたシールドファンネル(追加シールドx2+ダブルガトリングx3)をつけて欲しいと思う人の方が多いと思われるが、HGUCではランナー構成の関係から、フルアーマーパーツの中からそれだけ付けるのは少々難しい。)
 しかし、可変キットや玩具は面倒・高価すぎて手が出ない(なにせ刊行当時の2009年11月には可変キットは組立も変形も複雑怪奇で破損と隣り合わせのMGしかなく、可変玩具は当時のSHCM-Proは頭部パーツ交換など不完全であり、もう少し後のGFF-MCも極めて高価である)という人、逆に可変キットや玩具を作ったり買ってはみたが面倒すぎる・サイズが小さくて細かすぎると実感した人が、手軽にユニコーン←→デストロイを変形させて遊ぶのには適している。可変機といってもZなどとは異なり、ユニコーンやバンシィには「首だけでもがっつり変形した感」があり、そもそも全身変形は実に面倒なので、かえって首だけ大サイズで再現してくれた方が十二分ともいえる。BB戦士のRX-0シリーズと並んで、お手軽な可変立体物として意外に考慮の余地があるといえる。

 一方、本来の用途であるディスプレイベースとしては、アームが可動型でなく組み換えで、首元のベースの面積がさほど無い(アクションベース2より小さい)のでHGUCなどをディスプレイするにはいささか心もとない(最終決戦セットにしても、商品写真では生首とHGUC本体の状態で映っているが、実際は生首にHGUC中でも大型であるユニコーンのデストロイモードを接続するとやや安定性に不安がある)。
 もっと軽い物、例えばベース孔のある食玩(そのうち述べるがASSAULT KINGDOMなど)をくっつける程度が適切な用法に思われる。しかしアサキンの支柱を継ぎ足して子ユニコーンを複数上から生やしたりするとますますデビルガンダムっぽく見える。

 掲載誌にも塗装、改造や電飾の作例が載っているが、EP7のバンシィのバルカン乱射場面を再現した加工例、PGと同様の取り外し部分無しの変形に改造した例、同じ1/48のメガサイズユニコーンの体にくっつけた(接続構造が違うので小加工が必要である)例など、一般販売でないにしてはネット上にも作例が多く、加工元としても結構人気である。なので、付録やイベントのセットでなく、UCガンプラに混ぜて継続的に一般販売するだけの価値もあるのではないか、と思われるのだが、いざ売るにせよ前述のように一般的な購買層が多いといえるほどの需要はなく、価格設定など問題があるのだろう。






つばさ文庫版ナルニア


 公式サイト


 こんなものがあったのか。書店の従来のナルニアのコーナーで見かけたためしがなかったので、つばさ文庫のコーナーで見かけて仰天した。
 伝統的な瀬田訳とは違うもの(もうひとつの有名FTでは厳しい結果となった)のひとつを提示したという側面でも意欲的なものといえるが、はたして映画との相乗効果を加味してもいかほどの成果を上げたのやら……




STANDart, マリーダバンシィユニコーンモード


 尼損


 アキバの中古玩具屋で直接ビニール小袋に入れられ大量に籠に投げ込まれていたジャンク品の泥沼の中から文字通り掘り出した。250円。
 STANDartシリーズという名からわかるようにほぼカトキ立ちの固定品(一応肩は回り首もちょっと動くが、だから何ができるでもない)で8cmほど。プロポーションはどちらかというとMGなどの手足の細長い前期型に近いが、RGのように肩が大きいというか張り出しが長い。すなわち、小型フィギュアでスマートにまとめつつ勇猛さは目立つように造形してあるようである。黒・金の映えるバンシィについて、色合い選択や塗りなども割と良い。

 ユニコーンモードの造形としてこれはかなり悪くないぞと思い、本命の白い1号機ユニコーンモードを同じシリーズで探してみたら尼では中古含めて3000円近くウゴゴゴとなった。オークションの類ではもっと安いこともあるが、そこまで労力を払うほどでもない。

 というか冒頭のようにこのバンシィも尼では500-1000円代まであるが、1号機よりかなり安価で入手できる。それに関連するが、心なしか食玩やプライズ品ではバンシィの方が一般に手に入りやすい、1号機よりもジャンクに流れている気がする。これまでも1号機のジャンクを漁っているが、目ぼしいものが見つかったことはなく、かわりにSD体形のマリーダバンシィやノルンが見つかり買って帰ったことが幾度かある。バンシィの余り方は、人気がないわけではないだろうが、たぶん(共通金型故に)1号機とほぼ同じ供給量だが、さすがに1号機ほどの需要はないので余り気味なのかもしれない。バンシィにはマリーダとノルンの2仕様でユニコーンモードとデストロイの4種類あるが、これが(1号機の各仕様以上に)各形態供給過多になっているのか。あるいは、同じ白黒があるMk-IIは、ティターンズ黒の方が人気があるので、黒の人気による供給量の目算を誤っているのか。
 などと考えつつ先日新宿でデストロイモードのビニール入りジャンク(300円)も見つけ無意識買いする。あくまで自分の目的は「1号機のユニコーンモード」である以上、うっかりバンシィばかり衝動買いで増殖させないように気を付けなければならない……






もやしコーン


 尼損

 ユニコーンモードのプロポーションについては、RX-0そのものが1stやZのように長くかつ複雑な試行錯誤の歴史があるわけではなく、またユニコーンモードはデストロイモードに比べれば(現在では)語られることもかなり少ないが、それなりに考察される例は無くもない。
 よく知られているのが、RX-0の立体物には大雑把に、UCアニメ以前の前期型と以後の後期型、それぞれ「MG」と「PG」を代表とするプロポーションがある(前期型・後期型という呼び名は無論このサイトでの便宜で、モデラーに一般的なものではなく、また正確な用法ともいえないが、以下手っ取り早く使用する)。前期型のMG、GFF-MCやRobot魂デストロイモード旧版などによく語られる批判として、脚が長すぎる、小顔すぎる、というものがある。それに対して、後期型はMG(の原型である小説版MG Ver.Ka)よりも後発のHGUCにはじまり、PG, RGなど、どっしりと重厚、勇猛な方向になってゆく。(それぞれそうなった理由も推測されているが、別の機会にも述べる。)

 この差はデストロイモードで特に顕著といわれることが多いが、ユニコーンモードでも少なからず差異がある。その一例として、robot魂ユニコーンモードの旧版(アニメ直前の2009年)と、フルアーマー付属の新版(アニメ最終EP7直前の2014年)のプロポーション変遷は、バンダイの魂webサイトの写真からきわめてわかりやすい一例である。
 旧版はスケールそのものも小さいが(1/144よりだいぶ小さく、1/150-160のNゲージあたりに相当する)、肩がかなり小さく、上半身が細く、手足が細長く(新版に対して全高は頭一つ近く違うが、明らかに足の長さの差が少ない)、小顔だがそれ以上にひさしやトサカといった周辺パーツのボリュームがかなり小さい。新版と比べた上の写真では一目瞭然だが、そうでなくとも単独で見てもかなり「貧相」なプロポーションである。
 非常に乱暴な例えを持ってくると、左の旧版はエルガイムMkI(あるいは、前回冒頭に引用した台詞のエンゲージ・シリーズ)のような、勇猛さよりも機能的な簡素さや流麗さを追及された80年代半ばのリアルロボットを思い出させる。一方、右の新版はアナザー三部作などで活躍する屈強なロボット、言ってみればトールギスなどを思い出させる。

 それにしても、右のrobot魂の新版(フルアーマー版)が、後期型に属するとはいえ、なぜこのような極端な解釈になっているかといえば、デストロイモードの方の新版(フルアクション版、フルアーマー対応版)に合わせてあるためである。デストロイモード新版は、RX-0の初期の設定画を切り捨てて、アニメの画面上のイメージを優先したというが、肩を大きく、手足を太く相対的に短めのマッシブに設定されている。なお、肩パーツが異常に大きいという点で共通するのはRGだが、RGはPGより小スケールでの屈強さ、変身時のボリューム変化を特に強調したいための解釈ではないかと思われる。
 一方で、このrobot魂旧版の貧弱な体躯に関しては、対になるデストロイモード(旧版)と比べた際にボリュームが小さく見えるように、あえて変わり映えがするように故意のものとも考えられる。

 左のユニコーンモード旧版と対になるデストロイモード旧版は、プロポーション以上に、むしろやっつけの細部仕上げや不完全なギミックが非常な不評を買っていたという(そのため、フルアクション版としてリニューアルされるまでわずか2年足らずであった。ただし、それができたということはUCは随分と予算面でも恵まれていたと思われる)。同様に、こちらのrobot魂ユニコーンモード旧版もいっしょくたに語られ、新版(フルアーマー版)に比べると顧みられることもない。細部がぞんざいな点はデストロイモード旧版同様で、モールドや塗装は頑張ってはいる箇所もあるが、後出作品と比べるとあからさまに物足りなく見える。ウェブサイトによく載っている遠目の写真だと一見HGUCとさほど印象が変わらないように見えるのだが、近くで見れば見るほど絶妙といえる情報量のHGUCに対して、こちらはいかにもプライズか何かのソフビ人形寄りの印象すら免れない。例えば、ビームサーベルなどは単なる「I」形状の平板のカマボコでサーベルラックもなくバックパックの溝状にはめこんで保持している。本来ユニコーンモードではこちらを使う下腕側のビームサーベルラックはトンファーや展開ギミックどころか、部品分けすらされておらず、単なる肘部のモールドである。ビームマグナムは妙に小さく1stのビームライフルくらいのボリューム感覚しかない。おそらくユニコーンモードなのでまだましで、デストロイモードで持った時は数段へぼく見えると思われる(ただし、マグナムが普通に肘を伸ばした時に先端が地に着くほど大きいのは主に後期型の多くの立体物での解釈だが、実は設定画ではもっと小さく、伸ばしても地には着かない)。マグナムはHGUCでは一体成型だった弾倉が塗り分けされていておおっと思うが一番上の弾倉だけ塗られていない(多くのレビューで同じ報告があり、個体差の塗りミスではなく商品仕様であるらしい)。機体本体はおそらく小サイズと一体成型にメリハリをつけるために、影にあたる部分に青灰色のペイントが施してあり、ある程度の効果があるが、純白像でないことへの批判も目立ち、日陰で育った青白いモヤシ少年のような印象をさらに強いものとしている。

 が、そのHGUC以上のシンプルさとあわせて、前述したようなエルガイム的な華奢なイメージも、それなりに見られないでもない。可動もたいしてよくないのだが、可動の良し悪しどころか、動かしていると関節が頻繁に分解するHGUCに比べれば、関節の限界まで気軽に動かしやすいのは、それでも2000年代のアクションフィギュアである。例えば他の立体物では、バナージがよくやっていた両手でバズーカやマグナムを構えるポーズは、他の多くの前期型では不可能か非常に困難で、後期型では一応できるが妙にやりにくいことも多い。例としてRGは本来の可動域は抜群に広いが、RGの有名な特性として肩関節が50代の中間管理職の凝りまくった肩のようにギチギチであり動かしたり引き出すのは常に躊躇させられる。対して、このもやしコーンは肩も腕も関節部が細長く露出しているのでやりやすい。
 新版の存在もあって、もやしコーンは値崩れして1000円代で入手できることも多い(ただしユニコーンモード自体が不人気のせいか、さほどの数自体が出回っていないのか、入手機会自体がないこともまた多く、中古価格のばらつきも大きい)。とはいえ、とてもではないが当時の定価の3000円前後の価値を認められる品ではないだろう。






秩父のユニコーン




 まるで宝石でできた乙女のようじゃないか そう思わないか? アキレス
 ガンダムシリーズを一応追い続けて30年といくばくかの年月になるが、ガノタとかいえるほどの知識も技術も作品にかける情熱もない。個々の作品内容については(ここの雑記で以前述べたものでは、せいぜいミネバやGジェネやガイアギアに関する程度以外は)詳しくは語らないが、ただ青少年時代をこれと共に過ごした以上、ガンダムは血肉となっており、毎日米を食うように作品や話題は出るたびに摂取するほかに選択の余地はないのである。
 いまひとつ「ガノタ」になれない理由に、一押しの機体(MS)がこれまで無かったというのがある。青少年時代を思い出しても活躍を喜んだという記憶はないでもないが、特定の機体が特にかっこいいとか、ほれ込んだ記憶が全くない。
 それが30年以上続いてきたのだが、突如として執着を感じ始めたのがユニコーンガンダム、特に「ユニコーンモード」である。なぜそんなことになったのかは非常に長くなるので別の機会に譲るが、エクシアに心を奪われた刹那やグラハムのようにひたすらユニコーンモードを追い求めている。場所がないにも関わらず何か闇雲にアイテムを集めたり組んだりしている途中だが、何が最終的な目的なのかよく見えない。
 考えるのは後回しにするとして、このようにアイテムを追っていると当然直面するのはユニコーンモードの商品の少なさである。なんでもUCのアニメ化が決まっていなかった頃はむしろユニコーンモードの方が人気があったとのことで、動かなければ(小説の挿絵や設定画のみの存在で、しかも小説読者の層を色々と考えると)幾何学物体や彫像のようなユニコーンモードの方に人気が出るのは理解できないでもない。しかし、動くとなればデストロイモードの方がもっぱら人気が出ることもやはり理解できる話である。
 そのため、例えばガンプラ以外の完成市販品やプライズアイテム、固定ポーズのアイテム等を見てもデストロイモードだけという場合が多く、本来の非活動形態であるはずのユニコーンモードの方は商品化されていなかったりする例が多い。売れるかというと売れないであろうから当然なのであるが、それこそ幾何物体性のユニコーンモードの方を求める者としてはやるせない。
 ガンプラのうちユニコーン・デストロイそれぞれ固定のHGUCでは、このサイトにまとめられているように(バンダイのバリエーション商法で)べらぼうに莫大な種類が存在する。しかし、そのうちユニコーンモードはごくわずかで、しかもサイト主の評価でも星1〜3といった微妙な評価が下されているものが多い。無論、サイコフレームの色変えなどでデストロイモードの方がバリエーション展開しやすいというのはあるだろうが、そもそもアニメ版にも赤と緑の2種類のフレームしか登場しない以上、それだけの理由ともいえない。
 3号機のフェネクスはガンダムNTに登場するため、先の通常版HGUCの他、ゴールドコーティング版やRobot魂まで予定があるが、現状(18年8月現在)いずれも通常販売ではデストロイモードしかない。ゴールドコートされたフェネクスはサイズに比例してべらぼうに高価だが、ただユニコーンモードをそろえるという理由だけのために、MGやGFFMCやPGのような大サイズに手を出すことを考えている……






ヤングマンの記憶


 ヒデキの訃報にあたっては、非常に幅広い世代の人々に、∀ガンダムや「しょし」など去来する事項があると思われる。このサイトでもどれひとつとっても語り尽くせないほど事項があるが、その中でも、このサイトでしか語られないであろう事項に触れることにする。
 筆者が最初にAD&Dの卓に参加した際の話だが、その卓で一番年配の先輩が、マジック・ミサイルのソマティックコンポネント(動作構成要素)として、味方も敵も、
「エム!」 <(^o^)>
「エー!」 /(^o^)\
「ジー!」 (/^o^)/
 というポーズをとっているとしばしば実演する。周りも特にそれに疑問を持つ様子もなく、当たり前にそうであるように流しているので、あるとき何なのか聞いてみたことがある。
 二番目に年配の先輩が非常に丁寧に、一番最初から順を追って教えてくれたことによれば、これは「ヒデキのYMCA」のポーズなるものに由来する。そして大昔プレイしていたCD&Dのマジック・ミサイルの頃からの慣習らしい。
 周知の通り、1lvのウィザードは、3.Xeにもなると呪文レベル0を使用でき、さらに後の版では回数無制限で使用できる能力もあったりするが、CD&Dでは1日に呪文レベル1を1回投射すれば終わりであとはやることがなかった(なお赤箱の時点ではダガー以外の武器も使えないので他版のダーツやクロスボウなどでの援護も不可能である)。
 その呪文レベル1の呪文の中では、マジック・ミサイルは1lvキャラの時点ではわずか1d6+1(CD&Dの場合)ダメージを与えるに過ぎないが、他の呪文レベル1のスリープやチャームパーソン(いずれも効かない場合がある)に比べれば、いかなる状況でも確実に損害を与える効果を発揮する。なにせ赤箱の1lv時のバランスでは前衛らも、敵も味方もろくに命中せず、当たればほぼ即死するが、敵の方はわらわらと登場するので、序盤の前衛は冷や汗を流しつつ延々と外れ攻撃を繰り返すという局面にしじゅう遭遇する。そんな中でマジック・ミサイルは1d6+1というヒットダイス1の敵も倒せるか倒せないかの値であっても、確実に損害を与え、防御手段はほとんど無い(AD&Dや3.Xeとは異なり、CD&Dではシールド呪文でもst判定に成功しないと防げず、そもそもゴーストリー・ヴィセッジ呪文(1lv呪文は無効化する)等も無いので、防御される機会そのものが少ない)。
 このような背景にあって、マジックユーザーキャラのプレイヤーや、場合によっては周りのキャラのプレイヤーまで、わずか2ダメージに終わる恐れもある(というより、むしろその恐れもあるからこそ)マジック・ミサイル一投射ごとに、皆でYMCAのポーズを取るほどの期待を託すに値する、という話であるらしい。
 筆者から見てもかなり前の世代に属する(無論その卓の先輩らいずれにとっても、である)「ヒデキのYMCA」なるものを知ったきっかけは、おおよそこのようなものであった。非常に特殊な事情に見えるが、逆説的に言えば、こんな一部の限られた嗜好の人間らの間での特殊なエピソードにもひょっこりとごく自然に紛れ込んでくる、それほどまでにヒデキが与えたものは多世代の文化に浸透した存在だったのである。






T&TのTips


 ソロアドベンチャーメモ


 あのT&Tのソロシナリオ、例えばデストラップの4回の蛙の旅と1回の獅子の旅の範囲内でできるだけ有利な状態で突破確率を高くする手順など、まるで昔の高難易度FCゲームの突破方法のように綿密に説明している。

 出目ひとつでキャラが「ピューレ」と化すT&Tソロアドに対しては、行き当たりばったりのキャラクター使い捨て(ケン曰く「キャラクター溜まり」、正確には破り捨てたキャラシーの紙片溜まり)で笑い飛ばしながらプレイする人が(筆者含め)大半であると思われる。故に、その性質上、こうした初期PnPゲームは「システム重視時代」であるにも関わらず、「役に立つ情報」が蓄積されにくい代物でもあった。そこへもってきて、こういう丁寧な分析には頭が下がる。




旧版からD&D5版へのコンバート


 有志訳


 5版のPHB, MM和訳も出た(2018年前半現在)のでひとつこのドキュメントを引いてみる。版ごとのデータのコンバートは、版が変わるごとに卓ごとにローカルで詳細に研究され、また断片的には公式からもしばしば示されていたのだが、まとまったガイドラインが示されたのは興味深い。

 キャラクターレベルは「4版(30lvがPHBの最大)だけはレベルを2/3にし、その他の版(ここではOD&D〜AD&D〜3.Xe、多くは20lvが基本ルール最大)は直接変換(等価)」というのは、これまでも研究されてきたし、考えれば普通にわかる話である。
 ここの箇所を読んで、日本のCD&D(赤箱〜黒箱)プレイヤーは、CD&Dも「そのまま等価」なのかと思うかもしれない。そう読み取とってもよいし、20lv未満のキャラに限れば、そうしてもそれほど実際上の支障はなさそうだが、実は非常に厳密にはそうではない。
 5版にとって通常旧版とは前述のAD&D〜3.Xeからの方の流れを指すが、AD&D〜3.XeとCD&Dのレベルも等価ではない。正式には、CD&D→AD&D2ndの変換において、キャラクターレベル12lvまでは等価で、以降はCD&Dでの3lv上昇がAD&Dでの1lv上昇となっている(CD&D第五バージョン、サイクロぺディアより)。例えば、CD&Dの21lvはAD&Dの15lv、CD&Dの36lvはAD&Dの20lvにあたる。そして、上記ドキュメントによると2ndと5版のキャラクターレベルは等価なので、この変換法は「CD&Dから5版」への変換にも適用されるのが妥当と考えられる。つまり、5版のベーシックやPHBの1-20lvは、まさしくCD&Dの黒箱の1-36lvまでに相当するレベルをカバーしているのである。

 アライメントについては、CD&Dの「ローフル」は1-5版の秩序ではなく「善」、CD&Dの「カオティック」は1-5版の混沌でなく「悪」に変換するよう示されている。
 以前からこのサイトでは説明してきたことだが、OD&D当時のガイギャックスの説明から通じて、また赤箱などのアライメント説明からも読み取れることだが、OD&DやCD&DのLawful-Chaotic軸は最初から単純に「善玉と悪玉」の位置づけのものでしかない。
 CD&D(やNetHack)について、日本でかなり広く吹聴されてきた、「D&D(≒海外ファンタジー)には『善と悪』などは存在せず、『秩序と混沌』だけがある」は、ルールの記述をろくに読みもせず、ムアコックや日本のコンシューマRPGのロウ-カオスとやらを鵜呑みにして飛び付いただけの話である、というのもこれまで述べてきたが、上記ドキュメントによる変換でも、そうした誤解は明確に否定されている。

 ともあれ、1-3版から5版へのコンバートは上記ドキュメントに則っていかにもそれらしくできそうである。が、実際に需要が多そうなものとして直前の版である4版のゲーマーについて、はたしてこのドキュメントだけで一体流用できるのかどうか激しく疑問が残るところではある。






The Black Hack(その2)


 日本語版SRD


 前回の続き


〇戦闘
 能力値判定(d20で能力値以下を出す)で命中の成否が決まる。従来のd20よりもむしろBRPのようである。レベルによるTHACO上昇等はないが、TBHではレベルアップで能力値が上がることがあるので、それに伴って成長により命中率は増加することがある。
 TBHでは能力値は4d6の良い目やポイントバイではなく、まんま「3d6」(さらに、良い目が出た次の能力は2d6+2と低くなる)で決めるので、キャラによって相当にばらつくことが予想される。粗さを面白がるのも良いし、他版を参考にもっと安定した能力値(例えば、低ポイントバイや標準値)になるようキャラメイクをしてもいいかもしれない。

 敵の命中判定は行わず、かわりにプレイヤーキャラ側が回避(StrかDex)判定を行う。どんな敵に対しても同じ命中・回避率かというと、戦闘とは別段落で述べられている「強敵」修正(攻撃回避以外にもつく)があり、敵の方がレベル(HD)が大きいといずれもレベル差だけペナルティーがつく。

 装甲は命中率を変動させるものではなく、ダメージを軽減するものとなっている。ただしダメージを引き受けると破損・無効化し、いまどきの十把ひとからげネットゲームの兵器擬人化少女の服のごとく大破する。大破した装甲はなぜか休息する機会があれば回復する。1時間(5版でいう小休憩)でよく、入渠(大休憩)は必要ない。つまり、要するにわずか数点(プレートメイルでも8点)の追加のヒットポイントが貰えるだけ、というのがTBHの装甲の効果である。
 これもD&Dらしくないように見えるが、命中率判定や回避判定に関わる数値を(強敵修正以外には)できるだけ少なくして、これらを単なる能力値判定として単純化するためと思われる。
 この鎧の頼りなさから、追加ルール(英語のみ)には装甲に関して幾つもの代替ルールが書かれているが、どれもあまり強くはならない。従来のD&Dのように命中率を変動させる案も載っているが、ゲームデザインの主目的に反する旨の注記がある。


〇行動不能
 赤箱の過酷さを覚えているゲーマーの最大の関心が、hp低下と死の扱いがどうなっているかであろう(なお、赤箱ゲーマーがいまだ拡散する「D&Dは3.Xe以前はずっとhp0で即死していた」は誤りで、海外で主流のAD&D1stの時点から即死しない運用が普通である)。TBHではhpがゼロになっても行動不能になるだけである。CD&Dと異なりhp0=即死を意味するわけではないし、AD&Dと異なり蘇生失敗で灰(絶対死)やロストになったりもしない(7日以内に蘇生させれば特に失敗率はない)。
 が、JRPGの行動不能みたいにヌルいかと思いきや、戦闘終了時に1d6し、四肢や顔面がひん曲がっていたり(能力値恒久減少)けっきょく戦闘終了までの間に失血死していたと判明したりする。これもCD&DよりBRPやロールマスターを思い出すが、何が何でも行動不能は避けなくてはならないと思わせる。なお全滅すると全員ロストすると断言(原語で"they are lost forever!")されている。


〇武器
 武器のダメージは武器の形状等でなくクラスによって決まる(同じ剣でも戦士なら1d8, 召喚術士なら1d4)。おそらく習熟度か何かに依存して変わっていると考えるべきなのだろう。両手武器は命中能力値判定のダイス+2(つまり当たり難くなる)、ダメージダイスも+2である(ダメージは大きくなる)。武器自体には片手と両手しか区別がないのでTRPG伝統の「武器の表」というものが存在しない。片手武器の値段が載っていないが(キャラ作成時に1つ所持している)、「両手武器の半分にでもしといたら」とか上記追加ルールのFAQに書いてある。同様にFAQによると飛び道具は両手武器と値段、性能共に同じである。


〇呪文システム
 呪文システムはCD&Dや1st-3.Xeのスロットに1つずつ準備しておいて消耗するヴァンシアンや、4版の休憩ごとのパワーシステムとは異なる。5版の想起システムに似ていないでもないが、

・呪文書に書いてある呪文は呪文書を開けばいつでも唱えられる(*bandの呪文書、さらに言えばスぺマスや赤魔)
・それとは別にlvと同数の呪文を記憶でき、記憶してあれば呪文書なしでも唱えられる
・いつでも上記(呪文書又は記憶)から呪文を選び、呪文スロットを消費して唱えられる。ただし、必ず消費するわけではなく、Int/Wis判定を行って失敗した場合にのみスロットが消費される。この判定には呪文レベルによる修正があって敵のセーブはまた別にこちらのInt/Wis判定があって強敵修正を忘れずにとかなんたらかんたら

 なんかめんどっちィなオイ(声:蕪羅亭魔梨威(佐倉綾音))。実の所、5版についても、他の点は2-4版よりも一般に単純化されているのに呪文まわりだけやたらめったら細かいという批判がしばしばある。これは、ヴァンシアン(記憶制)の身も蓋もないシステム(準備してなかったらおしまい、放出したらおしまい)に対して、特色をある程度保ったまま改良しようという4-5版(及び、3.Xeなどにもしばしばいた、おかしな発動をするキャスタークラス)を通じての苦心が伺えるが、有効に機能しているかは定かではない。

 TBHに話を戻し、上記の呪文書や記憶のルールは要するに、戦闘など突発的に使う必要が生じそうな呪文(マジックミサイルとか)は記憶しておき、その他の使いどころが少なそう&緊急性の少ない呪文(リードランゲージとか)は使う時にゆっくり呪文書をめくって使えばええよ、というシステムのようだが、赤箱しか知らないゲーマーはスロットの使い方の廻りくどさと合わせて途方に暮れること請け合いである。実際の運用の場になってみればさほど煩雑ではないのだろうが、卓の判断で、従来のルール(単なるヴァンシアンとかソーサラー/フェイバードソウル発動)に置き換えても差支えない気もする。

 呪文個々も単純化されている。例えば、タイルと駒を使わない抽象戦闘なので、火球(Fireball)は半径云々ではなく、間近の対象1d6体に(lv)d6のダメージを与えるよう変更され、別の呪文のようになっている。そのためもあるが、日本語版ルールでは呪文名も和訳されているが、英語版ルールも落としておいて対応する英語名も確認しておいた方がよい気もする。いざというときに従来D&Dでの対応する呪文のルールを参考にできるようにである。


〇敵
 敵の数値データにはヒットダイスしかない。他の能力(ダメージ、装甲等)はHDから自動的に決まる。命中率とかは、上述のように敵は命中判定せずプレイヤーキャラが回避判定をするので必要ない(逆に敵の呪文抵抗も、プレイヤーキャラ側が呪文能力値判定をするので、敵にはセーブ値の類も要らない)。モンスターデータには備考の部分に特殊能力が追記されているが、T&TのMRのごとくヒットダイスだけでも運用できるので、使ってもいいし、使わなくてもいい(世界樹)。


〇経験値
 無い。敵を倒した時の経験値も無いし、キャラデータにも存在しない。単にセッションが終わるとlvがひとつ上がる。
 PnPならぬTRPGには必要ないのだこんなものは(声:子安武人とか掘内賢雄)とかよく言われているし、このTBHのルールにもそう書いてある。が、別にあって困るものとも思えないし、鳥取の判断で3-5版の経験値表とか流用してもイーンジャネーノー


〇消耗品
 これはなぜかTBHの特色としてよく余所の記事に書いてある。消耗品は数量を記録するのではなく、消尽したかどうかを確率で決定する。奇しくもWizardryやDQがメモリ・処理の節約の目的でD&Dから変更して導入したシステムに少し似ている。結局のところ人間の処理もこれで節約できるわけである。


〇ブッピガン
 戦士は盾を犠牲にして攻撃を完全に無効化する(盾が真っ二つになる)というファーストガンダムのような能力を標準で持っている。
 どうせTBHでは普通に食らったとしてもどんな盾も鎧も一発で大破半裸化してしまうので、普通に食らうより犠牲にした方がいいという話もあるが、大破の場合は戦闘の合間に小休憩する機会があれば回復する一方、犠牲にすると買い直すまでは使えないので悩みどころということである。フルアーマーガンダム(サンダーボルトの方)やアシュラテンプル(ヘビーメタルの方)みたいに盾を複数枚背負って歩くようになるかは定かではない。実際、ホブゴブリンは予備の盾を背負っているとデータ備考に書いてあり、やはりこの種族は武装度においてしたたかであり一筋縄ではいかない。






The Black Hack


 日本語版SRD


 もうじき(17年11月現在)5版の和訳が出るというときにタイミングが良い話ではないが、これはOD&Dのシンプルなクローンである。基本ルールは上記のように無料で和訳もある。

 D&D3〜5版をはじめ様々なTRPG(PnP)システムがプレイ可能な今になっても、CD&Dの経験者からは「たまに赤箱をやりたくなる」という話はよく聞く。これは洗練された後出ゲームに比べても、CD&Dの単純さや過酷さに独特の味があるからで、初代RogueやWizardryやシレンやT&Tソロアドを、特にそれらを選ぶ合理的理由がないにも関わらず、今でも突発的に無性にプレイしたくなるのと似ている。

 が、CD&Dは素朴さを別にしても、プレイヤビリティなど運用そのものに問題点が非常に多い。(なお、これは日本でいまだに流布されている「赤箱は最初のD&Dだから未発達だった」からではなく、AD&Dから改変(CD&D赤箱は実質、AD&D1stの入門編であったBD&D第二バージョンをさらに大きく簡略化したものである)する際の匙加減や簡略化の方向性を誤っているからである。)
 そのため、いまだに本当に赤箱をプレイするくらいなら、少なくともプレイヤビリティの部分は改良したシンプルなD&D系クローンを選んだ方がよいのではないか、という話になってくる。以前にも紹介したが、OGL(オープンゲームライセンス)などに則って古いD&Dシリーズのクローンゲームはかなり多数作られており、好評なものも多い。削ぎ落せばA4の1−2ページに収まるようなOD&DやCD&Dのルールを、本当に1−2ページに収まるよう整理したものが無料配布されていたりする。
 しかし日本では、これらのルールの大半に和訳がないのと、知名度の問題から、こうしたゲーマーらは既に知っている赤箱にしか目が向かない、というのが実情と思われる。


 そうした現状を鑑みて、選択肢として挙げられるひとつが、上述のOD&DクローンであるThe Black Hack(TBH)である。クラシカルなD&Dのクローンとしては海外では特に有名なものであるらしく、さらに派生クローンが多数作られている。
 冒頭に挙げたように、無料で参照できる日本語版ルールがあり、日本でもネット上にはイベント等で卓を立てたという話も見つかるので、知るところでは知られてはいるようである。


 TBHの特徴としては、3.Xeより前のD&D系で一部のロールで使用されていた「d20で能力値以下を出すロール」を根幹に据えて単純化している。命中もセービングスローも一般行為判定もほぼこのロールで、細部も単純化・統一化されている。様々な多数の表を参照しなくてはならなかったCD&Dとは異なり、外部を参照する必要はほとんどない。ダイス目の増減(ボーナスやペナルティー)よりも、2d20の良い目・悪い目で有利・不利を判定することがある等、後の版などから輸入された単純化要素もある。
 単純明快なルールであるが、ただし、アレンジの結果「D&Dらしくない」ように見える点も目立つ。これらは、単純に従来のD&Dシリーズを参考にD&D風に戻せる点もあるので、君は戻してこのTBHを使ってもいいし、使わなくてもいい(世界樹)。各論というか詳細は次回に続く。






Fighting Fantasy Legends


 Steam


 少し前にSteamや携帯OSで日本語版が配信されたので、旧ゲームブックプレイヤーの話題になっているかと思ったが、Steamのレビュー等以外ではほとんど見かけない。
 これはFF(当サイトでもFFとだけ言うとFinal Fantasyのことの方が多いのだが、ここではFighting Fantasyである。以下この記事において同じ)ゲームブックを題材にしたCRPGである。かつての(訳されなかったものを含む)FFやグレイルクエストのゲームブックアプリとは異なり、「FFを題材にとったRPG」であって、後述するようにゲームブックそのものを思わせる流れもあるが、基本的に別物である。

 盗賊都市、火吹山、バルサスの要塞などの地域を含んだアランシアを舞台にしたオープンワールドだが、ある程度の流れがある(導入は盗賊都市がらみである)。ゲームシステムは見かけは技量ポイカトや運勢ポイカトなどそれらしいが内部システムはかなり異なる。ダイスやカードが表示されるなど、レトロなアナログゲームを思い出させるようになっている(アイテム、モンスター、イベント等がカードの形で表示されるが、特にカードゲーム的なギミックがあるわけではない)。

 各施設(火吹山などのゲームブック1冊ごとの地理)の再現は、ゲームブック原作としてもオープンワールドとしても一風変わっている。まず、古いタイプのゲームブックらしく一度入ると一方通行になり(ドルアーガやネバーランドのリンゴのように迷路を逆走はできない)施設クリアか力尽きるか、脱出路や後述のポータル等で脱出するまでは出られない。
 「死亡」ではなく「力尽きる」とシレンのようなことを書いたが、ライフが0になっても死亡ではなく施設の入り口に戻される(ライフ1のままで、負傷などのペナルティーが残る)。プレイヤーアヴァターのカード絵のマッチョ蛮人をマムルやももんじゃが担いで火吹山の入り口に放り出すところを想像するとFFのような容赦ない世界には合致せず、過酷なレトロゲームやゲームブックらしくないと思うかもしれないが、考えてみれば原作も「個々の本の最初」からやり直しにすぎないので、それほど離れていないともいえる。なお、一度死んだら終わりのPermaDeathに設定することもできる。
 施設の中身はFF原作踏襲で固定になっている部分もあるが、「ランダム」でイベントやモンスターが配置される箇所が多い。施設に繰り返し入ることができるのでそのたびに変わる。繰り返し金貨やアイテムが入手できることもあるし、ポータルが出てきて施設から途中で脱出できる場合などもある。そのため上述の力尽きシステムとあわせてか、レビューには「ローグライク」と表現しているものがある(無論、PDLやベルリン解釈上のRLらしいゲームではない)。
 ライフや負傷の回復には金貨が要る上、イベントの通過やイベントアイテムの入手に何かと金貨が要るので、金の切れ目が運の切れ目である。

 オープンワールドやRLを思わせる部分があるといっても、全体の流れは旧来のゲームブックのイベントアイテムが重視されるつくりである。テキスト量の多さ、過酷なイベントや選択肢、根気の要るイベントアイテム探索などは原作FF踏襲である。
 訳については例えば公式説明の、

×レプレカウンのオシーマスなどの有名キャラクター
レプラコーンのオシェイマスなどのそれほど有名ではない(がFFゲームブックをページが擦り切れるまでローテートしたかつてのゲームブックファンには知らぬ者とていない)キャラクター

 が目立つが、にも関わらずゲーム内ではなぜかきちんと「オシェイマス」になっている。しかし、それ以前に機械翻訳や誤変換にあふれており(探検を振り回す男たちなど)辛うじて意味がとれるかとれないかという域である。上記レビューではかつての創元や創土の訳語に忠実でない旨が指摘されているが、おそらくそこまですら手が回っていないものである。いかにも低予算であろうから、対応してくれただけでもありがたいと思うしかない。

 やや過酷な難易度(というか上記レビュー類ではバランス調整不足という説もある)から初心者やゲームブック未経験者には薦めがたいが、FFゲームブックそのものを体験するようなものではなく、かつてFFに触れたゲーマーが手軽に懐古するのに向いているという程度と思われる。これを「アランシア(タイタン世界)に触れてみたい」という新規ゲーマーや、「レトロRPGの雰囲気を味わいたい」というFF未経験洋ゲーマーにまで広げられるかどうかはもう少し検証が要る。

 レビューによるとゲームブックファンからは一応は好評らしく、ザラダン・マーやファング地下(ファングは立ち寄ることができるが、宿屋しか利用できない)をDLCとして追加希望の声がある。ファング地下のデストラップダンジョンなら日本独自のDLCとしてかのリビングストン御大自らより直々にえんがちょ罵倒を賜った空中幼彩のカード絵も必須なところであるが訳がこれだけ手一杯なら日本独自要素というのも望むべくもない。






バルダーズゲートの世界はJRPGとどう違うのですか(国籍ステレオタイプネタ)


JRPG:民家の裏の隠し扉を開けると宝箱があって漁り放題
BG :民家の裏の隠し扉を開けると宝箱があってその隣にデミリッチもいる

JRPG:民家に上がり込んでも住人は何も言わず特に何も起こらない
BG :民家に上がり込むと住人が「何勝手に上がり込んでるの!やめて私に乱暴する気でしょうエロ同人みたいにエロ同人みたいに!」とかさんざん人聞きの悪いことを言うが特に何も起こらない

JRPG:民家に上がり込んで宝箱を漁っても衛兵に捕まったりはしないので片っ端から漁る癖がやめられない
BG :民家に上がり込んだり宝箱を漁ろうとしたときに衛兵の目の前でカギを開けようとすると捕まる。つまり扉や箱を開けるタイミングが衛兵の目の前でなかったりカギを開けなかったり(カギが最初から開いていたり)すれば漁っても捕まらない。なのでなんとかその状況を作ろうと延々と吟味や検証やリロードを続けて宝箱からはした金をせしめるために無駄な時間を延々費やす癖がやめられない

JRPG:民家に上がり込んで宝箱を漁っても仲間は何も言わない
BG :民家に上がり込んで宝箱を漁ったり衛兵に睨まれるような所業をわざと定期的に行っておかないと「何をえせ聖人づらしてやがるんだこの偽善者が! おめーのようなやつとはもうやっていけねーよ!」とかいきなり叫び出して強制的に離脱していくような面々が仲間の半分くらい占めている


 繰り返すが国籍ステレオタイプネタを本気にしないように




総辞職ビーム


>Pazuzuの説明文をGoogle翻訳にかけたら、
>”Prime Material Plane ”が
>「内閣総理物質界」と訳されてて笑った。


 ぶるぶる! 今のこの手の書類を戸田なっちとかY本大先生とかが手掛けてた日にゃあ






契丹文字


 画像検索 - 契丹文字


 刻まれた原典などをかなり遠目から一見すると漢字そのものに見える。漢字にきわめて酷似しており、共通文字等もあるが別物である。それどころか、ごく一部しか解読可能な箇所がわかっていない未解読文字のひとつである。ハングルのように原字を組み合わせて1文字で「語」の意味をある程度表現する。

 なぜここで取り上げたかというと、当サイト読者はなんだか別のところで見た覚えがあるような気がするだろう。
 そう、海外FT世界設定の東洋趣味に頻出する「勘違い漢字」である。本気で正しい漢字を書いているつもりの場合も、出まかせで作っている場合もあるのだが、どのみち、なぜか似たような空気の字で、微妙に中国の略字や繁字が入っているのか日本語なのに妙に画数が多すぎたり足りていなかったり、見慣れない部首が組み合わさっているあれである。




標準と変わり者


 昔の翻訳物などのPnPルールブックには、頻繁に「冒険になど出る時点でエルフの中では何らかの『変わり者』に違いないので、必ず『標準的なエルフ』を演じなければならないということはない」といった説明が添えられていた。
 が、それは多分に、4人中5人がLotR三部作全文を一字一句諳んじているような海外ゲーマーの卓に紛れ込んでしまった初心者が、「自分は(周りのこいつらほど)『標準的なエルフ』に詳しくないけどどうしよう」とか怯えているのを、ウォーゲーマーのガイギャックスとかがなだめるために書いてあるだけである。これらの説明は、標準的なエルフを演じる必要がないのだから標準的なエルフのことなんて最初っから調べる必要も考えてみる必要もないだとか大人になるまでは人間と同じなんだから実年齢も16歳で耳だけ水平に飛び出してる以外は外も中身も16歳の人間と完全同一とか思っとけばいいとかいう意味じゃないぜ。






Gジェネ


 Gジェネの思い出というとノイン、ソシエ、ジョブ・ジョンあたりで淡々と稼ぎ面を回していたくらいしか思い出せない(ここで「Gジェネ」「ノイン」「ソシエ」「ジョブ・ジョン」といった単語の意味はこのサイトの読者ならば特に説明の必要はないと思われるが、これらの意味が不明な読者には説明したとしても以後の文章はたいして意味をなさないと思われる)。終盤あたりでは、強力なパイロットやユニットを入手したり無双したりといったこともしていたのだろうがそれらは全く記憶には残っていない。
 序盤から低コストで使えるキャラらのうち、ノインは育成に向いた技能が多く、ソシエはやけに火力が高いため、序盤に使っていた記憶があるのだが、序盤を過ぎても新たに誰かを育成しなおす動機がなくそのまま使い続けてしまっている。このゲームは、いかに有利なキャラやユニットを入手して攻略するかよりも、好きなキャラやユニットを作業的に育てて活躍させて遊ぶというゲームなので(シリーズの時期にもよるが)難易度はだだ低く、べつに強キャラやユニットであっても遊び方や遊び勝手が変わるようなことはない。
 もっとも、Gジェネをそういうキャラゲームとして見た場合、キャラを思い入れでなく「惰性」という理由だけで使い続けるという上記のような態度で臨むこと自体に何か矛盾があるのだが(スカした強キャラどもを育成なんぞするよりも、ノインやソシエの方がよっぽど思い入れがあるという側面はあるが、それはあくまで消極的な理由である)、一方で、Gジェネ自体にキャラゲーの他に惰性ゲームという側面もあり、その考察は次回以降に述べる。

 参考:BD-BOX1ジャケットはソシエが見たら「やった! ここヒロインポジションだわ」とか思うところ残念それはオリジン1巻カバーのフラウ=ボウと同じ位置でありすなわちフラウ程度のポジション

 ここで残りのジョブ・ジョンだが、シリーズの幾つか、例えばGジェネワールドやOWあたりでは、1stキャラのうち、もっと原作で活躍していたパイロット(例えばリュウ・ホセイ)が入っていないのに、なぜかジョブ・ジョンが使えることは定番の突っ込みどころとなっていた(なお、この後のジェネシスではリュウも使うことができる)。これは(これもシリーズの時期にもよるが)キャラをパイロットの他に「戦艦のクルー」の枠に配置することができるので、1st, 種, X, 00などの戦艦クルーが目立っていた幾つかの作品では、各作品ごとに一通りクルー要員(1stなら舵手にミライ、通信にフラウ等)を揃える目的の方を優先していると考えられる。ジョブ・ジョンは能力からして1stの「整備要員」枠で入っているようである。そこはオムル・ハング(オリジンではチーフメカニックである)でもいいのではないかと1stのマニアであれば誰しも思うところであろうが、実の所ジョブとオムルでは、名前は出るが覚えられるほどの出番がないモブと脇の中間という点でどっこいであり(ヘビーガノタでもオムルの活躍としてWBのハッチをコズン・グラハムごとバズーカでぶっとばした場面しか思い出せない者も少なくはないと思われる)どうせなのでパイロットとしても一応稼働可能なジョブの方を入れたのではないだろうか。なお、オムルとジョブの二人はこれらモブ脇の中では公式webのキャラ紹介にも載っている優遇キャラではあるが、オムルは制服の色が違い(実際に場面によって違うことがあるが、正規兵なのでブライト同様の灰色が正しいという)、ジョブ・ジョンは少年兵Eの画像が使われている(ジョブと美少年兵Eが同一人物であるか否かはヘビーガノタの間でも結論は出ていない)あたり、適当なのか狙っているのかよくわからない。なお、オリジンでは、オムルとジョブはそれぞれ整備、パイロットとしてかなり活躍し、役柄は明確である。ことぶきつかさの『カイメモ』ではジョブ・ジョンは非正規兵より活躍できなかったことを周囲から後ろ指を指され、後年サナリイに参加するまで失意の半生を送ったなどとされているが、オリジンではパイロットとしての周囲の評価は高く描写は合致しない。
 原作でも一応パイロット要員でもあるとは書いたのだが、Gジェネではジョブ・ジョンは(これも原作通り)パイロットとしての強力な技能は皆無である。しかし、注目に値するのは、「小型ユニット」を操作する際にボーナスが得られる技能を有していることである。ここで、Gジェネではコアブースターなどの支援ユニットが小型サイズであり、おそらくは1st原作のガンペリーの操縦などから、本来、これらのユニットの操縦を意識していると考えられる。
 が、このゲームではUC0109年のヘビーガン以降も当然小型サイズである。つまり、ジョブ・ジョンをフォーミュラ計画機体などに乗せて開発(育成)に従事させることができるという、1stならぬF90-F91以降のジョブ・ジョンの「原作通り」の使い方をすることができる。
 無論、ジョブ・ジョンをわざわざ使うメリットは一切ない。F90-F91乗りとして戦闘や育成(開発効率等)に向いた技能の持ち主は他にいくらでもいるし、そもそも小型ユニットのボーナス持ちからして他にいくらでもいる(例えば上述のソシエもそうである)。小型ユニットボーナスからしてわざわざそれが理由でキャラを選ぶような強力なものではない。が、キャラゲーとして、ジョブ・ジョンを使うなら支援ユニットなりF90なりを使う、動機そのものは用意されているのである。ジョブ・ジョンを最初から知らない人には(攻略等の目的には)まったく知る必要のない情報なのだが、知っていて使おうとする人にはそれに対するそれなりの利益は用意されているのである。
 Gジェネと惰性ゲーム(ハクスラ型RLなど)の関係について書こうと思って始めた話だが、ジョブとオムルの脱線だけでえらく長くなったので次回以降に続く。






デギン・ソド・ザビは公爵の家柄をどこから買ってきたのかという説


 ジオン「公国」だのデギン「公王」だのといった語は十中八九、つるっぱげ監督の電波センスによる語呂によるもので、90年代前半あたりまではその意味を深く考える者すら滅多にいなかった。が、ロナ家だけでなく、ビスト家も地球の旧家の家柄を購入した、という設定が知れ渡ると、ザビ家についても上記のような事情を詮索するガノタが多くなってくる。

 「公」と訳される西洋称号については、西洋関係の書物やサイト(日本のFT/RPG関連の書物やサイトは到底お勧めしかねる)を参照して貰った方がよいが、大別してローマ帝国のドゥクス(軍司令:デューク、デュク、ドゥケ、派生的にヘルツォーク、後述のドゥーチェ等)と、プリンケプス(筆頭者:プリンス、プランス、プリンツ、派生的にフュルスト等)に由来するものがある一方で、このほか北欧のコヌング(首長:クニング、キング、ケーニヒ、クニャージ等)に由来する称号(意味としては「王」)の一部が、西欧側の一方的事情からプリンケプスと同格とされたり「公」と和訳されているきわめて厄介な事情がある。
 ごく一般的に言って、ドゥクス称号が「諸侯」(王などの配下の「公爵」)、プリンケプス称号が独立した「小君主」(公国の君主)といった傾向が見られることもあるが、ただし、そうとは限らない例もあり、例えば現代のルクセンブルク大公国の君主はグランデュクである。ちなみにミスタラ世界のカラメイコス大公もグランドデュークであったのをジアティス帝国からの独立時にキングを名乗っているが、これはおそらく元からプリンケプス称号やコヌング称号なら変える必要がなかったと思われるものである(当初ジアティスの諸侯なのでグランドデュークの方に設定されたとも考えられるが、東欧系がモチーフなのにヴェリーキイ・クニャージでなかったのは、設定ミスの可能性もある)。
 このため、一見すると小君主のプリンケプス称号の方が公爵のドゥクス称号よりも上位として使われることが多いようにも見えるが(しばしば英・仏でそうだと説明される)国や語によって、これらの各語の上下関係などは異なっており、複雑を極めている。例えばドイツ圏では通常、ヘルツォーク(ドゥクス相当)よりもフュルスト(プリンケプスの意訳相当)が下の領主で、プリンツ(プリンケプスからの音訳相当)が王侯一族の個人の地位(後述する「王子」に近い)で用いられる。これらがそれぞれ「公」「候」「公子」などと訳されていたりするのだが、訳者によって違ったり、上下関係を表現するために「大公」(本来、グロスヘルツォーク/グランドプリンスなどに用いる訳語)など上位を指す訳語をあてている場合も多い。また、公国の君主については、諸侯の公爵と区別するため、グランドやアークの有無に関わらず、ドゥクス称号、プリンケプス称号ともに「大公」と和訳されていることも多い。さらに、特にプリンケプスやコヌングの称号については、正式な称号ではなく、諸侯や君主の一般語(総称)のように使われる場合もある。これらについて各国・語に統一的な和訳語を与えることはまず不可能であり、実質、和文では何の情報にもなっておらず、原語参照が必須のことも多い。


 さてジオン公国は現在は「プリンシパリティ」と表記されている。もっともこれが統一的に表記される設定・ガノタの共通認識として広まったのはやはり90年代後半であり、それ以前は「デュークダム」等と書かれている書物も多かった。(そのため、ムッソリーニの呼び名の、上記デューク同様にドゥクス称号に由来する「ドゥーチェ」との関連を考察するガノタもかつてはいた。つまり、デギンは王族・貴族を名乗っているというより、あくまで軍事・政治家(引退しているが)としての呼び名なのが、公王と和訳されているだけではないか、という説であった。)現在、公王がデュークからプリンスの方に統一されているのは、諸侯の意味合いが強いデュークに対してプリンスの方が「君主」に相応との考察によるものと考えらえる(単に英仏で上位という理由も考えられる)。
 前述のようにプリンケプス称号には王未満の「君主」という意味があるが、重要な側面として、カトリック以外の君主、もとい、多分に西ローマ皇帝側ではない君主の意について、西欧側から呼ばれる場合がある。上記した北欧・東欧のクニング、クニャージ(本来は王に相当)らに対して、西欧側がプリンス(公)のレッテルを貼りつけた場合などである。特にこの場合、モスクワ大公国(大公=ヴェリーキイ・クニャージ)がロシア帝国の前身であるように、公国が王国以上より下位・小規模とは限らない。

 ここから仮説として考えられるものに、ジオン公国がザンスカール帝国のような「王(女王)」「皇帝」の名や国号を称さなかったのは、より上位の教皇や皇帝に授かった王、王に授かった公爵、または神授された皇帝ではなく、あたかも旧時代の遠国のクニングらのように、独立して存在する位であるからこそ、公国(プリンシパリティ)を選んでいる可能性が考えられる。つまり、「公爵の家柄をどこかから買った」等ではなく、地球から最も遠いサイドにおいて独立して国を興し自ら位を名乗ったからこそ、あえてキングやデュークでなくプリンスを名乗ったのではないか、と考えられる節がある。
 ザビ家は公王制を敷くよりも前からザビ家であるし、少なくともこの家名は公王制以後に買ったものではない。なので、ザビの名についてはドゥクスやプリンケプスが付随していて名乗るために買ったものという可能性は薄い。
 もっとも、後付けで地球のプリンケプス称号をもつ家柄を買っただとかいう設定や、つじつま合わせが今後出るかもしれないし、ガノタ・貴族ともにもっと詳しいファンの間ではそちらの設定としてもっともらしいものが既に考察されているのかもしれない。

 ついでに「公王」という語は伝統的・一般的な用語・訳語には無く、本来、公国の君主の称号は単に「公」である。もとは公王もつるっぱげの適当な語呂による造語と思われるのだが、あえて言えば、諸侯としての公爵や王子としてのプリンスと区別しやすいよう、君主称号としてわかりやすいようにしていると思われる。当サイトではこれと同じ理由で、架空の独立君主については、原語のプリンス等を公王だとか公国王だとかに訳して呼んでいることがあるが、正しい(例えば現実の歴史の話題に用いて誤解を招かないような)語ではない。


 なお、「プリンス」という語は、上述したように王未満の君主・領主という用法の方がむしろ一般的だが、日本ではどういうわけか「プリンス」があたかも「王子」だけに一対一で対応する語であるかのように、頭から信じられていることが多い。『星の王子さま』(Le Petit Prince, 作中の描写からは小さな星の君主という意味なので明らかに王子の意ではない)はさして支障はないが、デモゴルゴンを『悪魔の皇子』は完全に誤訳である。独語のプリンツの使われ方が関係しているというわけでもないだろうが、実際のところ、欧州の封建制の実感がわかない日本では、「王子」も「小君主」も、「とても貴人だが王様よりはちょっと偉くないひと」などと把握してしまえば、たいして支障がないためもあると思われる。また、プリンスとは対照的に「プリンセス」がその背景上(女公爵・女君主の少なさから)「王女・姫」の用法が多いことに対応している可能性もあるだろう。
 例えば、LotRレゴラスが「王の息子」と呼ばれ「王子(プリンス)」という呼び名が作中では使われないことに繰り返し疑問が持ちあがることがある(解説サイト等では、独断でプリンスや王子が使用されていることがある)。これは第三紀の中つ国では、プリンス・イムラヒル(イムラヒル大公)のように、プリンスはもっぱら君主(領主)を指して使われていると推測されるためで(一方で上古のべレリアンドについては、公子(プリンス)はどちらか確定できない用法も多い)、レゴラスは(第四紀はともかく、少なくとも第三紀の時点では)明らかに君主の意のプリンスには該当しないためである。が、LotRサイトの掲示板の類には、何度も上記の結論が出た後も、「なぜレゴラスがプリンス(王子)でないのか納得いかない」という疑問・不満が頻繁に書き込まれ、延々ループしていることが多い。これもレゴラスの人気のなせるわざである。






スプロール・シリーズの世界(その40)


 現在(2017年前半)、日本の実在の某巨大団体について、日々「名古屋」と「神戸」の分裂の話題をニュースで目にするところである。曰く、小さな団体の幹部が、合理的には神戸側に好意を示さなくてはならないのだが、名古屋のある幹部に対して恩があるのでなかなか移れない云々。


 スプロール・シリーズの"Yaku"は、世界規模の(マフィア等をかつての日本の多国籍企業のように買収併合済の)巨大組織であり、他の多国籍企業と渡り合うほどのパワーを有する数少ない存在である。その手口は、非情な他の企業に比しても強奪やら恐喝やらさらに荒っぽいが、違法組織やら犯罪組織やらという区分けが成立するかどうかは疑わしい。この時代、法律の枠組み(特に国家間をまたぐもの)がどうなっているかわからない国も多い(政府が存在するか否か等)からである。法律は大企業の取り決め以外の何でもない可能性もある。
 "Yaku"が企業と渡り合う手口は、古来の無頼と、近現代的な企業戦の手管が巧妙に入り混じったものである。『記憶屋ジョニイ』のジョニイの頭のデータがそうだが、情報を強奪するのはともかくとして、それにより「情報的有益性を削ぐぞ」「利益にダメージを与えてやるぞ」と多国籍を脅すのだ。

 特に『モナリザ・オーヴァドライヴ』から垣間見えるのは「企業的な合理性」と、根幹に流れる「義理(Giri ギィァリィ)」を両立させている組織という位置づけと、それに対する畏怖めいた言及である。
 スプロール・シリーズではしばしば、"Yaku"だけでなく、他の大企業にも、合理性(無慈悲・乾燥)と古来の精神性を両立させる、その空気が垣間見えることがある。特殊な例だと断られてはいるが、テスィエ=アシュプールの持つ近代ゴシック趣味などがそうである。

 一方、冒頭の話に戻り、現実の日本での相当する組織らを見てみると、近代化に伴って、企業的パワーを持つ組織にますます近づきつつあるのは確かである。しかし、「合理性」と古来の「義理」を、何の矛盾もなく両立させているかというと、冒頭に挙げた例のように、そこにはまだ及ばない。それはまだ情報時代が追い付いていないのか、それとも(スプロールが描く近未来が結局は現実の近未来と「ずれた」他の例のように)そもそもそこに追いつくことは今後もないのか。その是非についてはさておく。



電脳空間すなわち全人類の神経バンク内検索(google)



 ダンジョンズ&ドゲザエモンズ 0件


 日本のD厨は一体何をやっとるのかね






トップページに戻る