煉獄の行進








 11

 「何体いたって関係ないよ」魔法剣士がカイトの言に驚いたように言った。「高レベル冒険者なら、低レベルモンスターから何十体に攻撃されたって、ものすごく運が悪くない限り絶対当たらないんだし、ダメージまで抜けることなんてまずないだろう?」
 「攻撃はともかく、討ちもらして、野営地の方に行ったらどうする?」
 「討ちもらすとか無いよ。何百体いたって、こっちには攻撃呪文があるんだし。というか、そんな低知能のゴブリンとかオーガーとかの人型モンスターだとかが、なんで人間の弱いところをわざわざつこうとするような知能があるの?」
 「……この野営地は、近くのオークだとかに見つからないように気を付けてる、隠れ潜んでるって聞いた」カイトは言った。「そうなっても、すぐには逃げられないような人達もいる。資金や資材も、そのために使ってるって。オレ達の方からモンスターを襲ったら、それを、邪魔することになるかもしれないって思ったんだ」
 「逃げられない? 低レベルモンスターから?」魔法剣士が肩をすくめて言った。「怖がってる? オークなんかを? そんなのを防ぐために資材を使ってる? それ、隊商の誰かが言ってたの? いったい誰が」
 「アスタってヤツだ」カイトは答えた。
 「アスタだって?」不意に、魔法剣士が笑い出した。「おい、あんなやつの言うことかい!? アスタって……あんなのが、信じられるやつに見えるの!?」
 神術士も重戦士も、カイトに気を使ったか、魔法剣士ほどあからさまに嘲笑はしなかったが、思わず苦笑を漏らすのがわかった。
 「服装も傷も、あんな見かけのままでいる、なんてさ。そんな最低限のことさえできない時点で、それくらい弱いんだろ。一般人のザコと同じだよ。まともに冒険者をやってるやつが、あんな格好のままでいるわけない」
 それに関しては、カイトの第一印象と同じだった。何のために冒険するか、冒険者をするかの理由は、いわゆる高尚なものから俗なもの、若気から老練なものまでさまざまだ。そのうちひとつ、あるいは主な動機でなくとも理由のひとつとして有していることが多いものに『冒険者の活躍に憧れて』というものがあるのは間違いない。そして、元の世界、冒険者学園の者らを思い出すに、『好きな恰好で好きな姿(ビジュアル)で活躍したい』というのが、最も優先する目的の者は多い。そうでなくとも、傷だらけやら、みすぼらしい姿のままでいるのは、金も人脈もない一般人、あるいは能力があったとしても最底辺の傭兵あたりだというのは、冒険者の収入があればごく普通の感覚だった。
 「あのアスタとかいうやつが、『自分の元いた世界』がどうだとか言いふらしてるのも知ってるよ」魔法剣士は言った。「たまたま今、別の世界に居るのをいいことに、弱くてやられたことの言い訳に使ってるだけさ。あんなのの言うことが信じられるかい。自分が負けた言い訳に、ことを大きく見せかけるにしたって、あんな話お粗末すぎるよ。誰が信じる?」
 その通りだった。カイトが聞いた範囲でも、アスタの話はとても理解したり信じられる内容ではなかった。
 「オークだの何だのを怖がったりするとか、オークにさえ勝てないようなザコ一般人、というか、人間以下のやつでないと絶対に出ないような発想だね」
 魔法剣士はひとしきり笑った後、
 「といっても、まあそりゃ、あいつが、あんなアスタが怖がるくらいのことは起こるかもしれないね。出目が悪い、36分の1が出るかもしれない、ってこともあるからさ。それで隊商の、ザコ一般人たちが死んだりしたら、それは悲しいことかもね」魔法剣士は肩をすくめ、「でもさ、かえって、あの隊商のザコ一般人なんて、全滅して僕らに財産を全部残してくれた方が、世のためになるんじゃないのかい?」
 カイトは思わず目を見張った。
 「戦闘能力のないザコ、ゴブリンやオークさえ自分で倒すこともできない一般人なんて、この世界に生きてる価値ないだろ? ザコ一般人なんて、僕らはその気になれば簡単に皆殺しにして、何もかも頂けるのに、そうしないだけでも感謝しないといけないくらいなのにさ。ま、だから、僕らは、あの一般人たちに対して、もう充分に感謝されるだけのことはしてあげてるわけだけど。それだけしてやってる以上、あとは自分でモンスターから身を守ることもできなくたって、自分達のせいだろ。ゴブリンやオークとかさえ倒せないような弱いやつらが全部悪いんだ」
 魔法剣士は、黙っているカイトのその様子を見上げ、
 「何か言いたいの? 何が問題なんだ。『善悪』とかかい? 『善悪』なんてものはこの世には存在しないものなんだよ。善の偉い王様だって、自分の国の都合のために一般人の貧民なんて平気で見殺しにするんだ。なのに、僕らが『善悪』が何かなんて気にするだけ、馬鹿らしいったらありゃしないよ。それどころか、ザコ一般人どもに感謝されるべき僕らが、悪とかなんとか見られる筋合いはないよね」
 カイトは立ち尽くしたが、実際のところ、驚きはしなかった。かつて元の世界で、高レベル冒険者や勇者パーティーらが、冒険者以外の人々に対するこれと似たような言葉を口にするのは、何度も聞いたことはあったからだ。そして、カイトは元の世界でも、かれらと同調こそできなかったが、正面から止めるほどの強い動機や主張もなかった。
 カイトが黙っているのを見て、魔法剣士は何かあからさまに不信をあらわにして、神術士と重戦士に尋ねた。
 「ねえ、……こいつ、本当に強いの?」
 神術士と重戦士は、その言葉に戸惑うようにカイトを見た。
 「ものの考え方が、ずっと冒険してきた高レベル冒険者とは思えないっていうかさ……」魔法剣士はカイトを顎で示し、特にカイトに聞こえないようにというわけでもなしに、「ザコモンスターなんかの数なんて、どうでもいいことに変にこだわったりとか、ザコ一般人どものことを妙に気にしたりだとか、……強いやつの発想じゃないよ?」
 「いや……ロイド先輩の言うことを信じますよ」神術士はしばらく黙っていたが、やがて言った。「確かに同一人物ならば……ですが」
 しばらく沈黙が流れた。
 「まあいいか。現金の分の分け前なら、働き次第で貰えるだろうし」魔法剣士は首をすくめて言い、「もし本物の先輩とやらの実力を見せてくれるんなら、もしかするとマジック・アイテムの分け前もある、かもよ」
 魔法剣士の軽口は、ありえないとでもいうようだった。
 しかし、カイトはこの魔法剣士の態度に、密かにほくそ笑んだ。今のこの相手のような発言を、『負けフラグ』というのだ。せいぜい見ているがいい。
 ──この冒険者らに対してもそうだが、自分に対しても『高レベル冒険者』としての真の能力を証明する絶好の機会だった。敵はゴブリンやオーガーだとかいうが、以前に剣を交えて狂ったようなおかしな強さだったのは、オークの中にいただけで、他の低レベルモンスターに同様のものがいるとはとても思えない。そして、そのオークの腕も、この世界で最初に冥王軍と戦った時にオーガに捕えられたのも、間違いなく『運が悪かっただけ』だ。『魔族の精神攻撃呪文』の抵抗判定を運が悪くて落としたのと同様だ。カイトが力を示せる同じ機会があれば、この世界がどんなに狂った世界だろうが、敵がオークやオーガーだろうが、もっと強いモンスターだろうが、前と同じ結果などありえない。


 その日のうちに、カイトはその三人連れと、他の2パーティーの冒険者集団と共に、三人が見つけたというモンスター集団とやらの場所に向かった。
 カイトが持っている武器は、結局は、あのパラニアの選んでくれた『上のエルフの鎧通し』だった。出かける前に、隊商で装備を探したが、これよりも良さそうなものは結局見つからなかった。ようやく気付いたが、これはさきに見た銀灰の巨人らか、似たような体格の者にあわせて作られた短剣だったのだ。実のところは並の小型の『剣』として見ても充分な大きさであったし、持っていればいるほど、鋭利さも使いやすさも充分なものに思えて来ていた。
 冒険者集団には、先の三人連れの他に、かなり若い女魔道士が複数、いかにも高位の黒魔道士、東洋扮装のサムライ風の女剣士、数人の神術士や神官戦士など、充分にパーティーバランスはとれていた。
 悪い兆候は何もないが、カイトは空を見上げた。が、以前の数日からずっとそうだが、空は曇ったままで、雨こそ降っていないものの、日光や雲の切れ目はここしばらく見えていなかった。
 集団は特に警戒もせずに進んでいった。岩がちな山際に広がった、荒地そのものに見える開けた場所に、一群の集団の姿が見えた。遠くからは姿の細部はよく見えず、色や装備や種族が何種類かが雑多に混ざった人型モンスターの集団のようだった。人間と同じくらいのものも混ざっているが、その多くは腕の長い小柄な人型モンスターに似ている。カイトには何となく、この世界に来てから目にした『オーク』の一種と共通点があるように見えたが、その小柄さ、腕の長さ、無毛の粗い肌は、おおむね元の世界ではゴブリンと分類される生物だった。
 「あー軽い軽い」別の冒険者パーティーの、少女といえるほど若い女魔道士が、鼻にかかったような舌たらずの声で魔法剣士に言った。「あんなの、ファイアー・ボールで一発よ。やっちゃっていい?」
 「わざわざ聞かなくったっていいよ。聞くだけ面倒だよ」魔法剣士がたいして興味もなさそうに言った。この簡単な仕事が誰の手柄、つまり誰の取り分になるか、という話だが、そもそも魔法剣士には他の2パーティーで分配する金銭の分には興味がなく、もっと手ごたえと実入りがある集団がいないか、探しているようだった。
 女魔道士が口の中で呪文を呟き、その突き出した両手から光球が飛んだ。光球は生物らの方に向かっていき、破裂して火をまき散らした。半拍もして閃光が消えれば、低レベルモンスターら全員の黒焦げの死体が転がっている姿が現れるはずだった。すべては、どんな駆け出しの冒険者でも、見飽きるほど見て来た光景だった。
 ──その爆発よりも遥かにけたたましく聞こえる、きわめて鋭い音が、しかも複数尾を引いて共鳴しつつ、立て続けにカイトの耳をうった。カイトには、それが何の音だか全くわからず、無論予想もしていなかった。
 女魔道士は両手を前に突き出した姿のまま、突っ立っていた。その両目にそれぞれ二本ずつ、呪文のために開いた口の中に三本、喉に二本、体にはさらに大量の矢が突き刺さっていた。それらは全部、オークの黒い矢羽のついた、矢柄の根本近くまで何かどす黒い薬物にまみれた矢だった。
 他の敵を探していた魔法剣士は、女魔道士が一歩突出したまま突っ立って微動だにしないことに、ふと気付いて振り向いた。そのまま、敵を探している最中と同じような微笑を浮かべたまま、女魔道士の姿をまじまじと見つめていた。その姿を見ても、何が起こったか、彼にもまったく把握できていないようだった。
 女魔道士は光球を放った時の、両手を前に伸ばした姿のまま、数歩前に歩き、そしてまっすぐ前に倒れた。全身がうつぶせに地に叩きつけられた時、ぐしゃりと肉の引き裂ける音と骨の砕ける音がして、倒れた動作で突き押された無数の矢尻がすべて後頭部および背中を貫通して、ほぼ天を向いたまちまちの方向に突き出た。
 それらの矢は、方向から考えて、間違いなくあの低レベル人型モンスターの集団が、破壊呪文を集団の真ん中にまともに食らったはずのその後に、まさしくその集団から飛んできたものに相違はなかった。





 next

 back

 back to index