イェンダーの徴: アーティファクトの騎士







 3


 ”探し出す者たち”のうち、おそらくこの英雄たちの代表者、筆頭と思われる、先ほどから叫んでいた、若く秀麗なミスリルの鎖帷子の戦士が、剣を構えて黄色の鎧の者の方に進み出た。「来いよ」
 「本当は寄ってたかって押し囲んでなぶり殺しにすることもできるし、その者は本心ではそうしたがっているのだぞ」シグワルト皇太子は爽やかに微笑んで言った。「だが、かれらは”善の冒険者”だ。いくらしたくても実行したりはしない。他に誰も目撃者がいないとしてもだ。一方で、”探し出す者たち”がお前達のような無名の者らを相手してやる以上、ひとりで充分だ、という意味でもある」
 「ありがとうございます」ぎこちない動きの黄色の鎧の者は、皇太子に向かって頭を下げた。
 それから黄色の鎧の者は、”探し出す者たち”のその戦士に正対し、両手持ちの大剣、鍔元近くに『EJJ』と刻まれた剣を、眼前に捧げ持つように立てた。がしんと鎧と剣が荘重な音を響かせた。それはきわめて古風な、正しく騎士叙爵を受けた者の、対決者への刀礼だった。
 突如として、理由はわからないが、皇太子と英雄たち6人の全員がはっきり気づいた。今の一連の光景は、何かがおかしい。
 しかし、結論から言ってしまうと、気づいたからといって破局を避けられた者は、かれらの中には一人としていなかった。



 突如として、この霊峰の山と風が鳴動するような轟音が響いた。それは黄色の鎧の者が踏み込む、先ほどの落石よりも山を底鳴りさせるような音と、そしてもっと致命的な、大剣の刃唸りの音だった。
 戦士自身はさすがにただならぬ事態に気づいてか、盾を構えた。古代王国の名高い大付与魔術士の銘が刻まれたミスリルの魔法の大盾が、両手持ちの大剣をあやまたず正面から受け止めた。至極当然だった。”探し出す者”の筆頭、つまり世界最強のこの戦士が受け止められない攻撃などこの世に存在しない。
 薪を割った時に似た、木が縦に引き裂けたような音がした。音の方は単にそれだけだったが、その場に生じた光景の方はというと、運悪く落雷に撃たれた大木が上から下までまっすぐ引き裂けて瞬時に燃え上った時のような、猛烈な剣風と閃光を伴って、人体がまっすぐ一直線に縦に張り裂けていた。
 驚愕に引き剥かれたままの目はまっすぐ前を見たままだったが、その正面視線のまま、青年戦士の秀麗な顔面が、正確に真ん中の縦の線から、左右に半分ずつに分かれた。ついで人体の右側と左側が半分ずつ、それぞれ左右に外側に倒れた。細い金針と金尺で一直線に引いたようなまったく同じ線に沿って、ミスリルの大盾も鎖帷子も、縦に真っ二つに、人体もろともに斬り割られていた。
 半拍を置いて、破裂するかのように鮮血が噴出し、世界最強の冒険者集団”探し出す者たち”の筆頭の戦士の、臓腑の全てが岩場狭しとまき散らされた。
 その振り下ろした姿勢の黄色の鎧の左右に、閃電のごとき速さで重戦士と女神官戦士の剣が同時に斬り込んだ。両者とも、とても重装鎧とは思えない反応と移動速度で、それも古代王国のミスリルの鎧の軽さと、追加能力増強魔力のためだった。今、戦士を両断した一撃がたとえまぐれでなかったとしても──もっとも、まぐれという以外には到底考えられなかったが──仮に実力でもってその一撃を放った者であったとしても、両側からこの速度の剣二本を同時にしのぐなど不可能だった。
 再度、疾風のような音と、割られた薪がすっ飛ぶような音が二つ続いた。実際のところ余人に後の二つの音が遅れて発した、と判別できたのは、二つの人体の上半身が真後ろに吹き飛んでいたからで、そこでようやく、最初の音が刃唸りで、その結果として人体破断の音が続けて二つ生じたと、辛うじて把握することができたのだった。黄色の鎧の者の両手持ちの剣が横に半回転して薙ぎ払われていたが、人間の力では、こんな大振りの横薙ぎで、しかも二人の両方が間合に届いた後、かつ二人の剣のいずれかが届くよりも早く、古代王国のミスリルの魔法の重装鎧の重戦士と神官戦士の両方に一刀の刃を届かせる、まして両断するなど、絶対に不可能だった。しかし、『EJJ』と刻まれた両手持ちの大剣の鉄石(アダマント)の刃は、ミスリルを物質として最初から存在しないかのようにやすやすと斬り飛ばし、重戦士は腰から上が、やや背の低かった女神官戦士は胸から上が、綺麗に一直線に切断されて真後ろの方向に飛翔していた。後者は盾ごと、腕とそれを覆っている腕甲ごと、さらに手にしていた剣ごと、寸分の狂いもなく切りそろえられ紙のように切断されて、ほぼ同じ方向に飛んでいった。(おそらく二つの上半身はその後、崖から霊峰の斜面へと落下していったが、そちらの行く先を見送る者は誰もいなかった。)
 弓を構えたエルフの女精霊使いは、すでにその黄色の鎧の者に向かって、水の精霊を向かわせていた。比較的耐久力のある水の精霊であっても、ある戦士と同等の能力の精霊使いが召喚できる規模の精霊では、一般にその戦士の足を長い間止めているのは難しい。同等の戦士に対してすらそうで、まして、その相手がふた薙ぎで、精霊使いと同等の──”探し出す者たち”の前衛3人を葬った者である上、今も何も手傷を負っていない状態にあるとすればなおさらだ。
 しかし、この水の精霊でも、剣に倒されるまでわずかな間でも対峙を続けていれば、必殺の弓矢を何射かする、相手にとって致命的な時間を稼ぐくらいのことはできる。女精霊使いには確実な勝算があった。
 が、黄色の鎧の者は、当たり前のように、まるであらかじめ水時計の水量に応じて小鐘(ベル)の鳴るからくりが動くように、その黄色い金属の手甲を振り上げた。その左手の動きは、文字通り捉えようもないはずの水の精霊の身体をわしづかみにすると、真横へと投げ飛ばした。
 黄色の鎧の者はその動きと同時に半身に踏み込み、右手だけで持ったその両手持ちの大剣で片手斬りを放っていた。まるで目障りに伸びた雑草を払うか何かのような無造作な薙ぎで、エルフの女精霊使いの顔面は、顎より少し上を輪切りに両断され、その片手斬りの軌道をなぞるように宙を飛んでいった。
 が、
 「そこまでだな」
 シグワルト皇太子の剣、必殺の一撃が、その黄色の鎧の者の脳天に叩き込まれた。
 四人の攻撃を一度に受けた黄色の鎧の者の、四肢の伸びきった瞬間を捉えて振り下ろされた皇太子のその剣は、あやまたずその者の頭頂を真向から捉えた。皇太子の剣は兜に深々と食い込んだ。皇太子の常人ならぬ膂力と技量にたがわず、人間ならばこの一撃だけで、たとえ命はもったとしても、意識を保つことはあり得ない。
 ──世界最強の冒険者集団、世界で最も貴重な才能の集まり、世界最大の至宝たる剣、”探し出す者”であろうが、皇太子にとっては一つの目的のための捨て駒である。駒のひとつひとつにも自分の意思がある、そんなことを言う者もいるが、”力がある者”が全てを決める権利がある以上、その他の者の意向になど、何の意味も価値もない。
 ”探し出す者”の4人が犠牲になっても、皇太子自身がこの敵に致命傷を与える隙を作るのに役立ったのなら、かれらを平然と捨て駒として充分に役立てた皇太子にとっての勝利である。所詮、あの青紫髪の女盗賊らも冒険者、つまりごろつき連中にすぎない。そんな者らに、自分のような真に力ある者の発想が出るはずもない。それがかれらの敗因だったのだ。シグワルト皇太子はそれを確信した。



 が、兜に必殺の剣が斬り込んだ時とは到底思えない、何か中空の筒のような虚ろな軽い音が響いた。それは空の薬缶を麺棒で叩いたかのような、むしろ、かなり間の抜けた音だった。
 黄色の鎧の者は、今の一撃も最初から避けようともせずに突っ立っていたのと同様に、一撃を受けた瞬間もその後も、その兜、首根が微動だにすることはなかった。
 皇太子がその異様な事態と、さらに何かを判断するよりも早く、皇太子の胴体に黄色の金属に覆われた拳が叩き込まれた。
 皇太子の荘重で見事な細工の黒い鎧は、紙箱が潰されたようにひしゃげ引き裂け、付属部品がはじけとんだ。”黒の皇太子”の身体は丸めた紙屑のように吹き飛ばされ、うしろの木立のやぶの中に突っ込み、ねじまがった鎧と同じくらいねじまがった身体それ自体がともに、やぶの小枝の中にもみくちゃになった。
 後衛の、”探し出す者たち”の女魔術師、魔術師の塔の知識と魔力の希代の俊英は、すでに<無傷の球(マイナー・グローブ・オブ・インバルネラビリティ)>で身を守り終えていた。この防御呪文は、あらゆる中規模未満の呪文、ほぼ全ての魔術師が攻撃手段とする、火球も電撃も魔法の矢も完全に遮断する。それに対して、占星術師の扮装の少女は、ごく短い呪文を発し、その手の先には魔法の矢の光弾が2つ出現していた。すでに無傷の球に守られている以上、最小規模の呪文である<魔法の矢(マジック・ミサイル)>には女魔術師は何ら対処する必要はない。それ以前に、魔法の矢がたかが”2本”しか形成できない術者の能力など、最初から取るに足らない。さきほど落石を起こしたのが、魔法の矢と同様に最も難易度の低い呪文の<滑床(グリース)>であることも、それを裏付けていた。こんな者が何を行動しようが意味はなく、今後も何の脅威にもならない。女魔術師はそれらの全ての状況を見て取り分析すると、少女の方は放置し、前衛を支援すべく別の攻撃の術を準備しようと視線を移した。
 とはいえ、そのときはすでに、その支援すべき仲間のうち四人が死体となって転がっていたのだが、結局のところは、それを女魔術師が目視し終える間さえなかった。コーデリアの発した光弾は、空中で進行の前後方向にありえないほど長大に伸長し、進行方向に向かって周囲の光景の著しい歪みを伴い、2本ともが女魔術師に向かって異様な非線形曲線の軌道を描いて跳躍した。2本の<八魔陣の力場の矢(フォース・ミサイル)>は、主物質界と併存する非物質エーテルの次元界層を湾曲させ引き裂いて推進し、着弾点──それぞれ、女魔術師の胸部と首元──に達した時点で、引き裂かれたイセリアル中継界の曲率の還元力がその地点に爆発的に流入した。力場は<無傷の球>をやすやすと貫通し、霊峰の麓までも空天狭しと轟き渡るような強烈な高音と閃光を生じた。女魔術師の手足と首が──胴体が丸ごと血煙すら残さずに跡形もなくえぐれ散ったので──ばらばらに岩の上に飛び散った。
 魔術の戦いは”力の差”ではなく、それとは完全に無関係ではないものの、結局は”相手の手段に対処できるか否か”で決まる。その目的は、難易度(レベル)の高い呪文を投射することなどではなく、対処できない手段を投射することでしかない。この場合、”探し出す者たち”の女魔術師よりもコーデリアの能力が高かったなどではなく、コーデリアの今の呪文が、この女魔術師の属する魔術師の塔や古代王国で編み出された魔術を全部探しても、というより、この世界には存在しなかった、そもそも多元宇宙(マルチバース)の百万世界のうちでも、ほんの数えるほどの並行世界(ワールド)にしか存在しない呪文だった、という、単にそれだけにすぎない。
 これらの光景の中で、突如、”探し出す者たち”の盗賊が駆け出した。
 その背中に、リゼの闘剣(グラディウス)が深々と突き立った。古代王国製の最高級の魔法の革鎧の継ぎ目をやすやすと貫通して、盗賊の胸側に切っ先が飛び出した。
 「あれっ、この人、逃げようとしたんじゃないの?」コーデリアが盗賊のうつぶせの屍を見て頓狂に言った。
 「そうなのか? いや、クロムの名にかけて、私はてっきり、一度隠れて後から不意打ちするつもりなんだと思ったんだが」リゼが死体から抜いた剣を提げたままで言い、ついで、辺りを見回してから再度言った。「が、確かに言われてみればそうだったのかもしれん」
 盗賊が走り出したその瞬間には、すでに縦に両断された死体がひとつ、下半身だけになった死体が2つ、顎から上のない死体がひとつ、岩肌に転がっているのが、おそらく盗賊自身からも見えており(手足と首だけの死体が転がるのは少し後だった)全てを放棄して逃げようとした、と考えるのが妥当だった。世界最強冒険者の名声も、帝国からの報酬も、長年の仲間も、仲間や雇用主との信義すらも全て、自分の命以外の全部を投げ捨ててて逃げようとしたにも関わらず、それだけは守ろうとした肝心の命を、ただのリゼの勘違いだけが原因で奪われたのだった。
 「そうだとしても──命を脅かされる覚悟の上でこんな所まで来たんだろうし、こらえてくれとしか言いようがないなあ」リゼは平然と言った。「そんな覚悟もないのに来たとすれば、そりゃあ、”トロール神”の名にかけて、それ自体が冒険者としてしくじったってことでさ……」





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