イェンダーの徴: アーティファクトの騎士







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 まばらな木々を縫って、先頭に黒い鎧と長身の金髪の皇太子、そのうしろに、英雄冒険者の6人が続いた。鎖帷子の若い戦士、巨躯の重戦士、女神官戦士、エルフの女精霊使い、女魔術師、盗賊の姿で、装具は最上級の古代王国製の装備、多くがミスリルの武器防具で完全に武装していた。その編成と姿だけでも、大陸じゅうに名が轟いている──民衆の間の知名度ですらも、ほとんど黒の皇太子シグワルトその人自身に劣らないほどに──英雄中の英雄、”探し出す者たち”だった。
 「くだらない真似をしやがって」英雄冒険者の、最も若い鎖帷子の戦士が踏み出て、大柄な重戦士が制しようとするのも構わずに声を荒げた。「あんな手を使う時点で、能力の底が知れてるんだよ──」
 「だまれ」シグワルト皇太子が遮った。「君に喋ってもらう必要があるのはもっと後だ。面倒な尋問なり何なりが必要になればな」
 皇太子は一歩進み、リゼたち三者に向き直り、その姿を見回した。
 「命乞いをした方がいいぞ」皇太子はリゼたちに言った。「見てのとおりだ。頭上に岩を落とされ、英雄でない並の人間なら確実に死んでいたような目にあわされて、かれらはひどく機嫌を損ねている。実のところ、かれらを止めなくてはならない理由が、私には特にない」
 「そいつはどうなんだろうな」リゼが言った。
 「何の疑問がある?」皇太子は眉を上げた。「私の、シグワルトの名や評判、”黒の皇太子”の悪名かも知れぬが、聞いていないわけが無かろうな。この”探し出す者達”の名もだ。私やかれらの力に抵抗できると思うほど愚かなのか? ……別に命まで取るとは限らない。お前達を徹底的に屈服させてからでも、目的を達する手段はいくらでもあるのでな」
 「なぜって、そっちの狙いは、何かを大事に、無事なまま手に入れたいんだろう。一方で、こっちの方の狙いは、それよりずっと簡単に達成できるものなんだ」リゼは平然と言った。「確かにそっちは、殺害だか屈服だかをさせられるかもしれない。けど、そうなる前にこっちの目的だけでも達する手段は、いくらだってある」
 「その目的とは、お前達が何かを”捨てるなり、壊すなり、傷つけるなり”のことか?」皇太子が言った。「我らがそれらを無事に手に入れるよりも、それなら容易に達成できる。そう言いたいのか? この我ら相手に、そんなことができるとでも、本気で信じてでもいるのか?」
 「何にせよ、武力でまさる方が、常に目的に近いとは限らない、……と私は思うんだが」リゼは肩をすくめた。「となると、強いやつらに出会ったら、真っ先に目的を放り出してひたすら機嫌を取れ、命乞いしろ、徹底的に屈服しろ、という理屈は通らない」
 若い戦士が踏み出そうとしたが、やや年上らしき大柄な重戦士が手で制した。
 「さらにその話を続けてもよいが、無駄な時間をとっても仕方がないな」皇太子が首をすくめた。「どの道、互いの目的を話した方が早そうだ。それでお前達がなんとか無傷で事が済む選択肢も出てくるだろうからな」
 「そうしてくれると実に助かる。公正なるミトラと、”トロール神”の名にかけて──」リゼが何か、皇太子や”探し出す者たち”の誰ひとり聞いたことのない名をふたつ挙げ、「──いろんな面から見て、互いに無事で済む余地がいくつもある」
 若い戦士がまた何か皇太子とリゼの会話の方に踏み出そうとして、仲間に制された。
 「私の目的は二つある。ひとつは、お前達の持っている祭器、伝説の武器を、この私の手に入れる、ということだ。これは単に、お前達を殺しても、屈服させても達成できる。あるいはいささかお目出たい予測だが、お前達と交渉して譲渡を受けることでも、達成できるかもしれぬ」皇太子は言った。「もうひとつは、こちらは無理に達成したいというわけではないが、お前達の目的を知りたい、ということだ。なぜお前達が、価値ある伝説の武器を、捨てるなり壊すなり滅ぼすなり、そのようなことを企むのか。見逃すには、多少は不可解が残る。手に入れてから、その後の将来を考えても、知っておくに越したことはないのでな」
 「いや、ここでちょっと聞いてもいいか」リゼが言った。「ひとつめの方の理由だけど、そっちが手に入れたいのに特別な理由はあるのか? 例えば、どうしてもその武器で倒す必要がある敵がいる、だとかさ」
 「私が手に入れたいからだ。それ以外に理由が必要か?」皇太子は答えた。「無論、伝説の武器は価値がある。私や帝国が所持することで、将来、ある敵に対して大いに役立つことはあるだろう。能力か権力、または両方を持つ者が手にすることで、自ずと相応の価値が生じ、はじめて真価が与えられるのは当然の帰結で、お前に具体的に説明する必要はない」
 「もっともだ。じゃあ、次に私達の目的の方を話す。できる範囲でだが」
 リゼがシグワルト皇太子に言った。英雄たちのうち、若い戦士や女魔術師が、嫌悪をこめてリゼをにらみつける一方で、女神官戦士やエルフの精霊使いは、何か当惑したような目をリゼに送っていた。青紫の髪の女盗賊の姿勢は、さきほどから帝国の”黒の皇太子”や、”探し出す者たち”に怖気づくようには、つまり、かれらの明らかな知名度や実力に対して、しかるべき相応の脅威を覚えているようには見えない。この英雄らの筆頭の戦士と、”魔術師の塔”の俊英である女魔術師は、それ自体に苛立っているのだ。しかし、(少なくとも女神官戦士や年長の重戦士らの目には)その相手の女盗賊の姿勢は、無謀や身の程知らずというよりは、むしろ何かが”ずれている”ように感じられる。何か、別の基準からなる感覚や尺度が存在しているかのような。
 「私達は、この武器アーティファクトを破壊しないといけない」リゼが言った。「なぜかというと、単に、ここの並行世界(ワールド)に存在しているアーティファクトの数を減らすためだ。”運命の大迷宮”で、私達とは別の任務をおびている者のために。賢者マールがそう考えて、私と、このコーデリア、マールの女弟子と、このホロウナイト、護衛の騎士の3人への任務として──うん、これは長くなるからいいな──とにかく、その迷宮の方にいる者が成功するには、ここの世界には、これらの3つの武器とは別のアーティファクトを出現させる必要がある。けど、ひとつの並行世界(ワールド)に存在できるアーティファクトの数には限りがある。もっと正確には、すでに並行世界に出現しているアーティファクトの数はできるだけ少ない方が、なにかと都合がいい。だから、武器アーティファクトのうち3つを破壊して、いわゆる空きを作るんだ」
 「最初から完全に無駄な目標でしたね」英雄たちの一人、女魔術師が冷たい声を割り込ませた。「『手に入れるよりも壊す方が楽』だなどと、浅はかにも程がある判断でしたね。祭器、伝説の武器の破壊は、『絶対に不可能』です」
 「この世界の、というか、この次元界(プレイン)に存在する力だと、だいたいその通りだ」リゼが女魔術師に答えて言った。「で、この霊峰の頂上には、廃寺がある。その寺の奥に、次元界(プレイン)の裂け目、《涅槃界(ニルヴァーナ・プレイン)》への次元門(ポータル)が開ける場所がある。んで、かなりてっとりばやく言うと、そのポータルの開いたすぐ下に、《涅槃界》の巨大な歯車のかみ合わせ部分がある。この3つの武器アーティファクトを、そのポータルから落っことして、歯車に噛ませてぶっ壊す」
 沈黙が流れた。
 「何の話かはわかっているな?」皇太子が女魔術師を振り返った。「この盗賊の女の言っていることは理解できているな? それは先ほど君が言ったように、『完全に無駄』な、『絶対に不可能』なことで間違いないな?」
 女魔術師は口ごもり、結局沈黙を続けた。
 「口に出して答えろ」黒の皇太子は女魔術師に、低く静かに言った。「”魔術師の塔”の知識量だか何だか知らぬが、そのプライドとやらなど除けておけ。いくら自分達のプライドを守ろうが、私に助言ができない知識集団など取り潰す。君が理解できるか、できないか言え」
 「……わかりません。聞いたこともありません。あらゆる記録に無いはずです」女魔術師はためらいながら言った。「個々の単語も内容も。涅槃……? だとか……門、歯車うんぬんが、直接そんな物体を示すのではなく、何かの哲学的な比喩であることは、まず間違いありません。……だとしても、何を示す比喩なのか、まったく理解不能です」
 「出まかせに決まってるだろ!」若い戦士が言った。「吟遊詩人だとか、肩書と口先だけで呪文も使えない宗教家とかが、何を言うにも大げさな別な言葉をひねり出すだろ! そこらの大したことのない人間や事柄を喋るのにも、太陽のようだの星のようだのそんな大きさだの輝きだの! ああいう、その場のでたらめだ! 出来もしないことに屁理屈を並べてるだけだ!」
 「時間がない故の出まかせならこんなものより遥かに単純な話を、時間があるなら遥かに現実味のある話をでっちあげるような気もするがな」皇太子が面白そうに言った。
 それから、シグワルト皇太子はふたたびリゼに向かって言った。
 「その目的が本当で、実際に祭器の破壊が可能であったとしよう。そのお前達の目的に、計り知れない価値のある3つの”祭器”を、”伝説の武器”を破壊するだけの、永遠に喪失させるだけの重要性がある、とでもいうのか」
 「計り知れない価値とかいったって、各ワールド、各プレインにあるこういう武器は、アーティファクトのアスペクト(側面;投影像)だからな」リゼが答えた。「アーティファクトの”実存体”、”琥珀体”は、多元宇宙(マルチバース)の根源に、別に存在する。ここにあるのは投影、分身、いわば鏡像だ。別にここにあるものを壊したところで、”永遠に喪失”なんかするわけじゃない」
 「祭器は唯一だ。壊れないかわりに、絶対に一つしか存在しない。……”魔術師の塔”の主からはそう聞いている」皇太子は女魔術師に目をやって言った。
 「だいたいはその把握の通りだ。もっと正確には、同じ実存体のアスペクトは、ひとつの並行世界(ワールド)のひとつの次元界(プレイン)には、同時にひとつしか投影できないんだ。『黒の剣』とかにたまに起こされる例外を除けばだが」リゼが答えた。「だから、一度に同じアーティファクトは複数は存在しない。同時でなければまた出現することもある。世界に唯一って信じられてるのは、そういう意味だな」
 皇太子はふたたび女魔術師を見た。
 「……わかりません」女魔術師は首を振った。「聞いたこともありません……多元、だとか、投影……何の比喩なのか想像も……」
 「でたらめだ!」若い戦士が叫んだ。「どうせ、祭器を善の冒険者や帝国が手に入れると、都合が悪くなるやつが、背後から操ってるんだろう──」
 「君は黙っていろ、と言った」皇太子が戦士の声を遮った。
 皇太子は再度、リゼに向かい、「そのお前達の任務は、今このように、命を脅かされても達成するほどのものなのか」
 「命を脅かされ、ったって、セトと冥府の毒蛇どもら全員の名にかけて、どんな任務だって”安全”なんてことはないからな、こういう稼業をやってると。それはあんたにだってわかるんじゃないのか?」
 「私は確実に安全な行動以外は決して行わぬ」シグワルト皇太子は言って、英雄らを見回し、「私自身は決して敗北しない行動しか取ることはない。連れとしても決して敗北しない者以外は雇わない。私が行動しているのは、常に決して命の危険がないと確信した状態だ。──だが、驚くにはあたるまい。そこは、私やこの英雄たちと、ただの取るに足らない場末の盗賊のひとりのお前との、立場の違いでしかあるまいな」
 皇太子はリゼに目を戻し、「さて、お前の言ったことは、どうやらこの場には信じていない者もいるが、仮に全て信じようとしても、──内容はあまり理解はできんな」
 「済まない、それは無理もない。なんとか説明してみただけで、わかるように準備してきたわけじゃないからさ。だが、理解しようと努力してくれると助かる」
 「つまり、世界の均衡や、別の歴史の長期的視点に立った遠大な目的や、賢者ら、聖人らが言うような計画と同じ理由や、込み入った仕組みがある、というわけだ。『”聖剣”は王侯が専有するべきものではなく、”勇者”だけが持つに相応しい』といった理屈と同様に、お前達の主張は、それらの伝説の武器は、誰も持つべきでなく、何か遠大な理由から破壊されるのが相応しい、といったようにな。私に手渡すことのできない理由がそれだと」
 「要点はそんなもんだな」リゼが答えた。
 「──ならば、情報は足りないとはいえ、判断するには充分だ」皇太子はリゼと、その背後の他の二人も見回して言った。



 「では、私の判断だ。哲学的、世界的視点から、”伝説の武器”の処遇を考えなくてはならない、何を誰が持つに相応しい、その視点を考えて譲歩しろ、そんなものは、全てたわごとだ。『世界が歯車で回る』、世界の歯車だけが運命を作ったり壊せる、そんな哲学者のくだらぬ例え話にも、何も意味はない。すべては所有者のものだ。すべての処遇を決める権利があるのは、それを手に入れた所有者、それを手にする”力”のある者だ。”強い者”が全てを取る。取った者が思いのままにする。大局的に見てより多くの命を救える、究極的に見て世界を救える、そんな偉ぶった主張など、何の意味もない。真に力のある者は『したいこと』をするだけで、『しなければならないこと』など、知ったことではない」
 シグワルト皇太子は、黄色の鎧の者の背中の長い3つの包みを見て言い、
 「私が、”力”のある者が、これからその武器の所有者になって、どうするかを決める。これまでも、『聖剣』を『勇者』から没収したことも、強奪したことも二度や三度ではないが、それで生じた世界の災いとやらで、この私の方が解決できなかったことなど一度もない。その武器もこれから手に入れて、私の自由にする。お前達にはどちらも拒否権などない」
 コーデリアが進み出、何か言おうとした。が、
 「そう言うんじゃないかと思ってたんだ」リゼががっくりとうなだれて言った。「残念な話だ」
 「賭けがうまくいくとは限らないからね。そういうこともあるよ」黄の鎧の者が、兜の中からくぐもった声で言った。「でも本当に、残念だね……」
 黄の鎧の者、ホロウナイトは背負っていた”聖なる象”のなめし革の包み、3つの束をリゼに手渡した。実のところ、”聖なる象”のなめし革は、中にある物体から”力を浴びせられる”ことを防ぐ作用があり(賢者マールに言わせると、下手な武器アーティファクトのアスペクトよりもずっと希少な革だとのことだった)この3つの武器アーティファクトはすべて属性が異なるが、ホロウナイトも、彼とは属性が異なるリゼも、どれからも力を浴びせられないのはそのためだった。リゼに手渡した理由は、盗賊のリゼが身軽で、場合によっては彼女ひとりで山頂に到達して任務を達成するためだ。
 包みを受け取ったリゼと、コーデリアも、黄の鎧の者のうしろに下がった。……ミスリルにも高級な魔法の品にも見えない軽装鎧しか着ていない女盗賊と、全く武装していないローブの少女を守っているのは、この黄色の鎧の者、ぎこちない動きの、見たところこの鎧の合う体よりも遥かに小柄な少年か何かが無理矢理運搬しているような、おそらくは、鍛冶の徒弟か何かだ。皇太子がこの3人から奪えといったものを、”探し出す者たち”がその通りにするのは、赤子の手をひねるようなものだろう。





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