A Befallen of Limbo I
煉獄の落墜者






 1

 そのドワーフは目の前に武器を捨てて言ったという。自分の降伏を受け入れ、
身柄を"東の山脈"の氏族のもとに返せば、古(ハイラー)ドワーフの一族は自分
の身代金として、自分の体重の少なくとも2倍の黄金を支払う。しかし、そう
せずに自分を殺すようなことがあれば、山脈の古ドワーフの全員が総力を挙げ、
"奈落(アビス)"の果てまでもその女魔道士を追いかけて、必ず復讐を果たすだ
ろうと。
 「で、お前さんはそう言われたにも関わらず、そのドワーフをその場で殺し
たというわけだ」紺碧の衣の語り部の老人は、短く刈り込んだ鬚を掻きながら
その若い女魔道士に言った。
 「あたりまえでしょ?」女魔道士はあっさりと、疑問の余地もあるはずもな
いという口調で言った。
 「なんでそんなことをしたのだ」まるでその返答の口調が聞こえなかったか
のように、老人は言った。
 「なんでって……あたしに一度でも歯向かったヤツを、なんで生かしておか
なくちゃならないわけ?」
 「いや、今聞いたのはそういう理由のことではない」老人は言った。
 女魔道士はいかにも、あえてぬけぬけと理屈を並べる風で続けた。「たかだ
か、小人の体重の2倍ぽっちの黄金よ。そんなはした金で、許してあげられる
わけないでしょ」
 「いや、そんな理由も聞いておらん」老人は言った。
 女魔道士は当惑したように、言葉を止めた。
 ……宿屋の階下のテーブルで、語り部の老人と同じ側にかけている連れは、
老人とよく似た、巡礼のような全身を覆う濃紺の外套に身を包んだ、姉妹らし
きかなり小さな少女ふたりと、さらに、一方こちらはむしろ女魔道士の方に近
い扮装に見える、青年剣士だった。剣士は、何やら深刻な面持ちで、こちらの
老人と、向かい側の女魔道士を見比べている。二人の少女のうち、どこか見か
けの年不相応に大人びた目つきや態度が、姉かと思わせる長い髪の方は、最初
から女魔道士の話に呆れたかのように、退屈そうにしている。そして、こちら
はそれこそ年相応に雑踏に慣れきらない不安さと見える、妹とおぼしき短い髪
の方は、この場の他の面々を順繰りに見比べていた。
 「一族の全員が、地の果てまで追いかけてくる。あらかじめ、それを伝えら
れたのだぞ」老人が言った。「それをわかっていて、なぜそんなことになる方
を選んだのだ」
 「そんな、あんなのと同じドワーフなんか、一族全員来たんならその全員、
攻撃呪文で皆殺しよ!」女魔道士は見るからに反射的に答えてから、「……そ
のときはそう思ったのよ! そう思うでしょ! 普通だったら!」
 女魔道士は大声を出そうと、特に、語尾を促音にすることで強調しようとし
たようだが、声が完全にかすれており、その結果、話し言葉の語彙が乏しく日
常のそれと何も差がないせいで、まるで平坦な言葉にしかなっていなかった。
その違和感のうちに、こけた頬と目の下のやつれ具合が、一気に目立った。お
そらく、その周りに見せようとしている態度と実態との落差たるや、自分がど
れほど心身ともに磨り減っているか、それ自体をまるで把握、実感することが
できないに違いない。……この若い女魔道士は間違いなく、"超一流"を自称す
るまでの長い経験の間に、現在のような状態にさらされたことは一度たりとも
ないのだろうから。見ていた青年剣士は、それを確信した。
 「ドワーフらが本当に毎日、昼も夜も終わることなく、入れ替わり立ち代り、
それこそ地の果てまで逃げても、絶えることなくやってきてもか」老人は素っ
気無い風で言った。「それで、最後まで撃退できるとでも思ったのか。なんだ、
それとも、今までそれと同じことをした経験でもあったのか」
 「なかったけど、できると思ったんだもの! ……そんなの、普通できると
思うでしょ! たかがドワーフなのよ! 魔族(まぞく)じゃないんだから!」
 その最後の一文に、姉らしき方の少女が、ふんと嘲るように息を漏らした。
それから姉の方は、テーブルに片腕の頬杖をついたままで、女魔道士の方を見
ようともせずに言った。
 「あんた、上(かみ)のエルフの武将か何かなの?」
 女魔道士は呆気にとられ、半分口を開けたまま、その姉の方を見返した。今
の問いかけの意味、というより、その中の単語自体がわからなかったらしい。
 「古ドワーフだろうが地下ノームだろうがなんだろうが、一氏族丸ごとと
延々と戦い続ける羽目になるのがわかって向こうに回すなんて、そんなことが
可能なのは──実行が可能だなんて発想自体が出るのは、上のエルフのうちで
も傑物の王侯の武将くらいのものだわ」姉が、とうてい見かけの幼さには合致
しない、淀みなく明晰な発音と口調で言った。「かれらなら、何百何千をひと
りで敵に回しても、何日でも何年でも、ひっきりなしに疲れひとつ知らずに戦
い続けることもできるでしょうから」
 「あたしだってできるわ!」女魔道士は言い、「……そう思うでしょ……そ
のくらい……普通だったら……ザコ敵が相手だし、いくらだって……」
 「ドワーフ達はどういうことになるか言って、あんたはその通りを選んで、
そして、ドワーフの言った通りのことになった。ただそれだけじゃないの」姉
は言い、頬杖をついたまま顎をくいと上げ、位置の上ではかなり上にある女道
士を、見下ろすかのような視線を送り、「──何か、不満でもあるの?」
 「死ぬでしょ! このままじゃ!」女魔道士は姉の方に食ってかかるように
身を乗り出し、ありったけ大口をあけてわめき散らすように、しかし、かすれ
きった声のまま言った。「その、なんとかの候王だとかいうのが、知り合いに
いるんでしょ! ここに連れてきてよ!」
 女魔道士はローブの奥から大きな宝石のついた護符か何かを、ばらばらと
テーブルにいくつも転がした。
 「80万! いえ! 800万出すわ!」
 「上のエルフは金などでは動かんよ」語り部の老人は素っ気なく言った。
「仮に、向こうが何か話を聞く気になったにしても、ただでさえ"冥王"の軍団
との戦が続いているところ、古ドワーフの一氏族全部と事を構えるような互い
の戦力の無駄になど、加担はするまいな。……まあ、あとは、自分の目的の役
に立つ報酬やらのためならなんでもやる『英雄冒険者』の類だろうが──冒険
者でも、上のエルフの武将ほどに力のある連中は、たかだか800万そこらの
『はした金』になど、誰も見向きはせんな」



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