粉砕してゆくもの







 二人のメイジの姉妹のうちの、姉の方がかける呪文の光球が、崩れた石柱が
並び立ち岩くれの転がる荒廃した地下室を照らし続けていた。その熱を発さな
い魔法の光は、このメイジが得意とする氷の術を意識させるのは以前からのこ
とだったが、それが映し出す光景を一層うすら寒いものに感じさせる、という
錯覚に、もう長いこと取ってかわっていた。
 白騎士と、率いられた十人余の、剣士(ソードマン)、サムライ、メイジ、盗
賊、ニンジャらの、編成も装備も雑然とした集団は、──おそらくそれを認め
ようとはしなかったであろうが──その光の冷たさにあたかも身をすくませる
かのように、じっと動かずに部屋の中にひしめいていた。
 「アルフレート」剣士のひとり、落ちつかなげに長剣(ロングソード)の柄を
ひねり回していた若者が、震える声で言った。「皆には手を出させるな」
 「馬鹿を言うな、ジャックス」その剣士よりさらに少年の面影を残している
ようにも見える白騎士は、だが、剣士よりも落ち着いた声で告げた。
 「他の奴は手を出すな」剣士は繰り返した。「……あいつは、オレがやる」
 今度は率いている白騎士だけでなく、全員に向けてのものなのだろうが、鬼
気せまる追い詰められた表情にはそれを示す余裕がなく、誰にともなく一方的
に告げるだけになっていた。
 「勝手な行動は許さないぞ」白騎士は言ったが、すでに、無駄なことはわか
っていた。これまでも何度もあったやりとりなのだ。最初から、さほど集団の
規律や指示に従っていた剣士とは言いがたいが、皆が現状に追い詰められるに
至って、この剣士はもはや言葉を聞き入れ判断する能力自体を喪失していた。
 あまり開けていないこの空間は、単独の敵を多数の戦力で囲むには向いては
いないが、この人数で狭い通路に押し寄せるよりは、幾分かはましだった。こ
の集団が今待ち伏せようとしているのは野伏がひとりで、残された味方の死体、
そのほかの痕跡や、遠くで聞こえた戦闘音から、野伏の存在と、今こちらに向
かいつつあるのがわかっていた。
 ……この一行の皆は、この"冥王"の城砦を攻めている"王族"のひとりに莫大
な報酬と名声を約束されて、"冥王"や、その王族の競争相手の討伐を引き受け、
以来そこで戦い続けていた。前回、一行が目標とした一群の討伐が終わった時
には、すでに当初の人数の5分の1にまで減っていた。そして死者のうち半数
以上は、何の関係もない獣に食い殺された、それ自体が罠のような迷宮の構造
に葬られた、といった理由で、奈落に消えていった。
 そして今回、その野伏を目標としてからも、味方の相当な人数がすでに当の
野伏に殺されていた。弓矢や刀傷や術、ひいては放たれた式神に暗殺されたな
ど、殺害の手段は実に多岐にわたったが、刀傷の場合、あらためると、いずれ
も喉、脇、股の内側、そして手首などが切り裂かれてから、歯車仕掛けのよう
に正確に、順序だててとどめを刺されていた。おそらく申刀流(しんとうりゅ
う)か、蔭流(かげりゅう)のうちかなり古式か何かの、きわめて古い戦場用の
殺人刀(せつにんとう)のたぐいの使い手だと、前に死んだ誰かが言っていた。
 「奴は、オレの仲間を殺したんだ。屠殺か何かみたいに。……奴は、レミィ
を殺したんだ。奴は、何も抵抗できないレミィの首を……首を落として、落と
した首をこっちに」若い剣士はしゃくりあげ、びくびくと顔の筋肉を痙攣させ、
「こっちに向けて蹴飛ばして、そして、あとの仲間もめった斬りに……」
 「やめろ!」白騎士は遮った。剣士から何度も聞かされたことだが、まして
身をひそめるこの状況で、皆がそれを聞かされるのが益に働くとは思えない。
 「オレ達、オレ達が……そんな動物かモンスターか何かみたいに、殺される
はずが……殺されていいわけないんだよ……」
 メイジの姉妹のうちの片方、やや前列に出ていた妹の方が声をかけようとし
たが、その剣士の様子を見て躊躇い、途方にくれたように、白騎士を見上げた。
白騎士は妹のメイジに首を振ってみせた。……もう使い物にならない。この地
下では、もはやかれらの個々の能力の程度では無力同然であり、連携をたのむ
他ない。しかし、すでにこの剣士の言は熱病のうわごと同然で、同様にこちら
の言うことを理解する能力も──指揮に従い、実質の戦力になる能力はすでに
ないことが、白騎士にはわかっていた。今、部屋を飛び出して通路に駆け込ん
でゆかないだけ、よいと思わねばならない。
 すでに位置が推測できている野伏が、次第に近づいてくる頃なのがわかり、
一行はいずれも、剣士すらもが、沈黙して身構えた。
 「明かりを少し下げてくれ、リンゼ」白騎士は光の呪文を投じている姉のメ
イジに言った。「通路がもう少し照らせる」
 「もう近くに来てるのに。なぜ、弓を使ってこないの?」メイジの言は、遠
距離からの射線が見えれば、呪文で応戦しようという考えでもあった。
 「矢を無駄にする気がないんだろう」白騎士は答えた。
 「馬鹿にしてるわ! 私達に、矢の何本かほどの値打ちもないって──」
 「単に、奴の生き残るための術だ」白騎士は遮った。「消耗を最低限にとど
め続けることで、奴は……」
 が、そこで、部屋で待ち伏せる面々に一気に緊張が走った。通路から冷たい
光の中へと姿をあらわした相手は、何のためらいもなく、一行が待ち受ける中
に無造作に踏み入ってきた。
 ──それは、鈍い灰色の髪をざんばらのようにした、黒い野伏の装束の小柄
な少女で、やや姿勢を低くし、抜き身を下段にとったまま踏み込んできた。無
造作に流れ続けるような動作のまま、入り口でやや入身にとり、その場で下段
霞の刃を定着させた。すべての所作にわたって、無表情というより、何やら枯
れたように寂しげな目つきで、取り囲む一行に対し剣気を放つとも受けるとも
見えないのが、逆にこの地下と一行の心象に映しては異様きわまりない。
 白騎士をはじめ一行は息を呑み無言で、じりじりとその小柄な野伏の姿と相
対した。野伏は背と側面に石柱と瓦礫を置いており、多人数で一気に押しかか
ることのできない位置を占めている。……影の中から不気味に伸び生えている
ような野伏の刀は、上(かみ)のエルフ造りの古工芸品だが、それを判断できる
眼識の持ち主はこの中にはいない。大きく湾曲したエルフの片刃剣だが、柄と
鍔が東洋拵えに直されているので、一見すると風変わりな陣太刀にしか見えな
い。その太刀が、これまで無数の仲間の血を吸い、かれらの臓腑を奈落に撒き
散らしてきたのだ。
 ──若い剣士(ソードマン)が動いた。囲みの陣を取りあぐねている周囲に構
いもせず、突出し、雄叫びをあげ、大業物の長剣(ロングソード)の大上段から
突撃しざま、小柄な黒装の少女めがけ、巨象をも両断する力を宿し猛然と刃唸
りを鳴らせた。
 と、下段霞の切っ先が跳ねた、と見るや、がくり、と剣士の踏み込みが膝か
ら落ちるように止まった。大上段に振りかぶった姿勢のまま、剣士の顎がゆっ
くりと仰向いてゆき、一呼吸を置いて、その喉からはどっと夥しい鮮血の帯が
散らされていた。
 「ジャックス……!」後列から、メイジの妹の方が呻く声がした。
 がくがくと震え続ける膝が崩れてゆき、剣士はうつ伏せに、ゆっくりと前に
落ちた。見開いたままの目には、最後まで正気は戻らなかった。
 野伏の少女の太刀は、下段霞に戻ったきり、微動だにしない。
 小柄な黒装は、自身のもつ永久光源の微光に照らし出され、地下の暗がりに、
おぼろげに浮かび上がるような妖しげな影を置いている。
 「一人で出るな! 押し囲め!」白騎士が沈黙に支配されるのを恐れるよう
に叫んだ。もとより周りにも、血の海に沈んでいる剣士のようなばかげた突出
などする意図はないが、その無残な死に様をもたらした野伏の技の冴えを見る
に、萎縮するような空気が混ざるのは否めない。──姉妹のメイジが後列から
列の切れ目を伺っている。相手の野伏は、何か持ち物に耐性を与えているもの
があるのか、さらには何かの術で二重に防護を張ることができるらしく、姉妹
ともが最も得意とする冷気の術をはじめ、大概の属性攻撃の術がどれも1割強
程度の効果しかないことが既にわかっていた。それでも、なけなしの戦力に数
えるしかないが、実際にこの状況で術を施せるほど視線・射線が通るのは、前
衛が維持できないほど倒れた時だろう。どちらにせよ、それに頼るのは、最悪
の事態に陥った場合に限るといえた。
 前衛の数人は最初に回り込んだきり、容易には押し囲むとも知れず、そよと
も動かぬ野伏の下段の前に固着したまま、部屋におびき出してはいるが守勢を
とらされている。
 ──前列のサムライのひとりが、鬼気迫り食い入るような眼差しにさらに殺
気を滲ませ、声なき気合と共に、鍛え上げられ洗練されたその四肢に急速に緊
張を漲らせた。自分の側からはその野伏の下段につけいる隙を見て取ったか、
突如、平青眼の構えを捨て、猛然と間境をこえて踏み込んだ。──応じてふた
たび下段霞が跳ね上がり、両刀が噛み合い、擦り上がり、交錯し、双方の足場
が瞬時に入れ替わった。両者ともが跳び退くように一足を引き、ふたたび対峙
に戻るかと思えたその時、サムライの小手が、ばっと朱を散らした。
 手の裡を締められなくなり、太刀行きが追いつかなくなったサムライを、野
伏は虫でも払うかのように無造作に、丁と首を刎ねた。首は通路の向こうにす
っ飛んでゆき、一方、こちらに倒れこんできた首の切り口は脈の名残にあわせ
て赤い噴水を上げ続け、後列の数人の頭から全身と部屋の半面近くを、断続的
な噴出音と共に一面に熱くねばった真紅に染め上げていった。
 ──サムライの惨殺に湧き上がった周囲の動揺と、自分の感情をも脇に押し
のけるように、白騎士は、自身がぐいと前に出た。固着が破れたとみるとすか
さず、野伏の残した太刀がふたたび下段に戻りきるより前に、萎縮したような
前衛の間を縫ってサムライの倒れ抜けた穴に無造作に踏み込んだ。
 白騎士は自らのもつ家伝の剣技、飛鳥と化す跳躍剣の奥義をさらけ出さず、
踏み入りきらないまま、偏身(ひとえみ)に開き鋭い牽制の片手打ちを放った。
野伏はそれを、受けも流しもせず、わずかに体を開いたのみで刃から半インチ
ほどで外した。当然かわすか太刀で防いでくるとしか信じていなかった白騎士
は意表をつかれた。次に、相手の踏み入りと共に下段から跳ねた刃が襲ってく
ると感じ、白騎士は弾かれたように後退した。
 が、野伏は踏み入りなどせず、その正対を崩さぬまま横一文字にぐうんと伸
びた太刀は、正面ではなく、白騎士の踏み込みと同時に背後に飛び込み奇襲し
ようとした盗賊の娘を襲っていた。
 骨肉を断ち切る鈍い音が、闇に湧くように不気味に響き渡ったかと思えば、
ばっくりと割れ砕けた側頭から脳漿の滴と脳髄のかけらを飛び散らせ、盗賊の
娘はゆらりと、既に意思のない体を泳がせていった。
 「ラディ! 嘘!」ほとんど金切り声で、姉の方のメイジが後列から叫ぶの
が聞こえた。
 ふたたび野伏の姿は影の中にうずくまるように戻り、闇から伸び出している
ような野伏の太刀、いまや存分に血を吸った上(かみ)のエルフ造りの刃は、異
質な金属の輝き方と不気味な刃の曲線から、もはや妖しい業念すらもむらむら
と立ちのぼらせているかに見える。しかし野伏の少女の低い身の位は何気もな
いかのように無表情かつ無造作に、幻霊(ファントム;怪鬼)の如きおぼろげな
がら死の恐慌を匂わす姿を闇から浮かび上がらせている。
 その姿を前に、一行は声を発することもできず、ただじりじりと遠巻きにし
続けた。──固着が続いた。それは対峙するものから気力体力を急速に奪って
ゆくが、白騎士と一行が、この地下の汚濁の大気だけでも心身をすりへらすの
に対し、野伏はいまだ遥かに多数を相手どっているにも関わらず、少なくとも
見かけの上では自若として微動だにせず、現れた当初から寸分ともかわりない
ように見える。
 ……と、かすかな響きと共に、わずかに地面が揺れたような気がした。その
振動が、対峙の潮合から気がそれてくるほどに、次第に近づいてくることがわ
かった。
 「何だ?」その異常に、後列の誰かがつぶやいたほどだった。皆、いまや繰
り返される惨事による感情の枯渇と相まって、迷宮内の少々の異常現象をまの
あたりにしても動じたりはしないが、それほどに不自然なことだった──実際
のところ、彼らですら知らないことではあるが、もっと深い階層ならばいざ知
らず、地を自在に掘り進み、なおかつ地震を起こしつつ進んでくるような存在
はごく限られている。轟音はやがて苛烈とすら表現できるものとなったが、壁
が破壊されて発生元と通路が通じたのか、突如として、くぐもった音ではなく
連続する爆発音のようなものになった。
 妹の方のメイジ、当初は呪文の射線をさぐるために、野伏の背後の通路の奥
の方まで覗き込んでいたのが、突如、神経がひきつれたように手足を突っ張ら
せ、奇妙な呻きを発した。びくりと背筋と首を病的に痙攣させつつ、鼻と耳と
口の端から血をおびただしく滴らせ、糸が切れたかのようにその場にへたりこ
んだ。姉の方のメイジが駆け寄ろうとした。妹は壁にぐったりとくずおれつつ、
自分の見たものをなんとか報告だけはしようとするように、痙攣のために回ら
ない舌でやっと発した。
 「シャッド=メルの眷属が……」
 白騎士はその語と今おそわれている現象を照らし合わせ、ここで得られた頼
りない断片的な情報に脳裏を探った。このメイジの姉妹に頼らなくてはならな
いよりも、さらに最悪の事態だ。
 さらに大きな地震があった。……相手の野伏は一見、それまで通りに平然と
一行と対峙していたように見えたが、その奥からやってくるものを背後に控え
た形になっているのに、既に気付いているらしかった。下段霞の構えを維持し
たまま、じりじりと囲みから後退しようとした。──それを隙と見たか、白騎
士が制止する間もなく、ニンジャの一人が黒い疾風のように跳躍し襲いかかっ
たが、野伏の少女の無造作な横殴りの刃をあび、血煙を上げてその足元に伏し
ていた。
 が、そこまでだった。あるいは、そのニンジャに構わなければ、野伏は逃れ
るか符(スクロール)か何かで退却する暇があったのかもしれない。ともあれ、
三たび、足場がおぼつかなくなるほどの激震が襲ったかと思うと、すぐ後ろの
通路の岩盤が紙屑のように引き裂け、吹き飛び、人の胴体ほどの太さの無数に
のたうつ触手がわずかに垣間見えた。
 野伏は慌しく背負い袋に挟んである杖(スタッフ)の数々、ついで腰に下げた
霊符や呪符の束をひっくりかえしたが、明らかに引き出す間も、まして読み上
げ放つ間もなかった。かたわらの石壁がたわみ、それらが一斉にはちきれるよ
うに野伏の少女の方に破裂してきた時には、まるでそこから駆け出して逃れよ
うとでもするような、明らかにさらに無駄な努力を払っていた。
 刹那、数トンはあるであろう砕けた岩盤の尖った一片が、野伏の少女の左半
身に真正面から突き刺さった。白騎士の視界にも、その野伏の末期の表情が見
てとれた。その衝撃の瞬間は瞳孔が見開かれ不随意にねじくれた容貌であった
ものの、その直後、その面の上にあらわれたのは不思議なことに、──何か、
ひどくうんざりしたような、またか、と意気の失せたような表情だった。
 岩盤は野伏の少女の小柄な肉体をゆっくりと押し拡げ引き裂き、貫通と共に
左手足と臓物を床に千切り飛ばした。残りが地に落ちる前に、別の石塊がその
体を挟み込み、ひき臼のように捻り砕き、灰色の髪の頭蓋が生卵のように岩盤
に潰れ散った。直後、その肉体の名残を、無数の岩片が挽き潰し、文字通り粉
砕した。手から弾けとんでいたエルフ造りの太刀が、落下してきた鉱物に挟ま
れ、砕け散った。
 「逃げろ! 南に退却しろ! 絶対に振り返るな!」白騎士は南の出口の脇
に下がりつつ、自分も岩盤の奥から現れてくるものを見ないようにしたが、そ
れは臆病のためではなく、目視のみで太古の恐怖(エルドリッチホラー)が精神
を破壊するものについて、ある程度は聞いたことがあったためだった。……陣
取っていた部屋を放棄し、一行の生き残ったものは、全力で南に駆けた。どこ
かで語尾が押しつぶされた悲鳴が上がったが、誰のものかはもはや判別できな
かった。
 「アルフレート!」姉の方のメイジが、よろけるように白騎士に追いつきつ
つ、「妹が! ……妹が来ないわ!」
 「行くな、リンゼ!」白騎士は叫んだ。「戻るな! 絶対に──命令だ!」
 「従えないわ」メイジは涙声で短く叫ぶと、轟音と振動が待ち受ける方向へ
と再び振り返り、ただ一人駆け出した。
 白騎士は思わずつかの間立ち止まったが、再びそのまま、目に入り声が届く
限りの一行を叱咤し、南に駆けた。その後も、背後から狂ったような恐慌の悲
鳴が複数と、その語尾が叩き潰されるような音、肉が千切れる音、もっと想像
を拒否する名状しがたい音が響いた。
 ──白騎士と、その手近にいた2人は、地震や爆音が聞こえなくなってから
もかなりの道のりを早足で進み、迷宮の今いる層の最南端で立ち止まり、後続
が集まってくるのを待った。この場も長くとどまるというわけにはいかなかっ
た。……しかし、距離と歩く速さから最大限に長めに見積もって待ったが、あ
とから追いついてきたものは、一人もいなかった。
 白騎士はこの場も引き払おうとするのも忘れたように、立ち尽くしていた。
他の2人も無言だった。──十数人のうち、生き残ったのは3人だった。しか
し、"王族"の抗争相手とやらに雇われた野伏も死んだ。これは、今までから考
えれば、一番ましな結果だった。この結果を、ましな結果などと呼ばなくては
ならなかった。
 限界だった。今は他の目標の討伐や待機の場にいる生き残りを、すべてかき
集めても、もうこの次の戦いには、一人として生き残るとは思えなかった。
 しかし、放棄し逃げ帰るわけにもゆかなかった。契約を放棄するにも、もう
違約の代償として雇い主の"王族"に払うものが何もない。放棄するならもっと
早い段階で──いや、そもそも契約などすべきではなかったのか?
 そして、切り上げるにはあまりにも犠牲を、代償を払いすぎた。もはや手ぶ
らで戻るわけには──いや、この忌まわしい結果と、死ぬまで夜ごとにうなさ
れ続けるかと思われる記憶だけを報酬に持って、帰るわけにはいかない。あの
"王族"が約定した莫大な報酬が本当にあるとしても、自分たちがそれを手にす
る可能性、いや、手にするまで生き残れる可能性は、無に等しいことはもはや
わかっていた。しかし、皆無の可能性にも挑み続けるよりほかに道はない。も
う、あともどりはできないのだ。



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