機動戦隊
  ガンガルSヨヨD
 第29話 ランカスターの風







 3

 キラ・ヨシガケは、乗機のフリーチソガンガルを急降下させると同時に、ド
ゥッ、とモニタの視界と膨れ上がった赤いモビルフォースの姿が、いまだに強
靭な力を残していることに、慄然とした。
 「……まだ、来るというのならばっ!」
 ヂャバーン!
 両機のビーム・サーベルが衝突し、生じたビームの干渉波が、赤い機体をバ
ンムゥッと後退させた。
 「ッハウッ!? ……チィッ……」
 その赤いモビルフォース、ガソバルエビオスのコクピットのゼスクは、顔の
上半分を覆う仮面の下で、舌打ちした。
 直前に、ユイロ・ヒイのウイグルガルダンゼロの自爆に巻き込まれたゼスク
のエビオスは、すでに、フレーム構造自体に、ほぼ限界がきているのである。
 「……冗談ではない!」
 が、そのエビオスを、今もこれほどまでに、キラのフリーチソの前に押し出
していることができる、それは、ゼスクのパイロットとしての能力である。
 さらには、ガソバルエビオスのシステムとの相性が、それほどに戦闘者とし
て卓越したものである、ということにもなるのである。
 しかし、そのゼスクの、戦闘者としての抵抗力を発揮できることこそが、キ
ラ・ヨシガケの、いわゆる過剰防衛本能というものを激しく駆り立てる、とい
う結果を呼んでいる、そのことには気付かない。
 『……そうやって、僕の前に力を誇示するという意思を宿した存在……それ
は、どうしようもなく無意味で、だからこそ、不快だ……!』
 だが、そのキラの感情の突出は、獰猛でありながらも、直線的な思惟である。
 フリーチソの動きは、それをトレースしてしまっている、と思えた。
 対して、ゼスクと、彼をバックアップする、エビオスに搭載された予測シス
テムは、あくまで論理的なものなのである。
 「……いけるかっ!?」
 ドハウッ! エビオスのテール・ノズルが輝き、それは重い機動を見せなが
らも、一気にフリーチソの軌道の側面に回り込んでいた。そうしながらもゼス
クは、エビオスに主武器であるエレクトロッドを使わせていた。
 バチョィッッ!! チュイン! チリチリ……!!
 アポジモーターが内臓されたロッドは、それ自体が独自の知覚を持つもので
あるかのように、自在な動きを見せて、フリーチソガンガルの間接部に伸びた。
ロッドの先端の一部が、装甲表面処理であるPS2装甲をも貫通した。フリー
チソの装甲が、ブハァーッと一部跳ねとんだ。
 「なにをーっ!!」
 フィン! フュン! フュィンンッ!
 ガンガルの背のジェットスクランダー状のトミノスキー・ドライブ・ユニッ
トが、フリーチソの機体に俊敏な機動性を発揮させた。それは、エビオスの続
くロッドの動きをかいくぐるようにした。その結果、すれ違うはずであった両
機がもつれあった。機体の前面同士が、ズモモォッ、と急接近した。
 「このぉぉーっ!」
 ブヲーッ! ガンガル・シリーズ全機の標準装備の乳首バルカンが唸りを上
げた。フリーチソのその攻撃は、破損した構造が露出したエビオスには、致命
的な結果をまねくものである。損傷面をかばうようにして、ゴゥッと逆噴射と
共に後退したエビオスに、そこにも、フリーチソのビームが飛んだ。
 ゴバウッ! キェドッ!
 「!? ……ヌッぅウ!?」
 完全にフレームがひしゃげて、コントロールを失ったゼスクのガソバルエビ
オスは、ランカスターの森林へと落下していった。
 「……カハゥッ!」
 キラは、自分に向けられた強靭な圧力がようやく収まったことを感じて、ヘ
ルメットの中で喉をふるわせた。
 しかし、フリーチソガンガルが飛行するのは、反連合軍側のモビルフォース、
ゲルグやジドム、ヒギョパムらの火線の飛び交う、その中なのである。
 キラの不快感を呼ぶ、しかし、それは憎悪ではない殺意が向けられている、
という状況は、いまだ収まってはいない。


 落下したガソバルエビオスは、木々をなぎ倒し、機体をズズッ、と地表に擦
りつけるようにして、停止した。
 ゼスクは、エビオスの機体の各所をチェックしたが、そのシステムも大半が
ダウンしていた。戦闘後に機体を回収に来られるかはわからないが、今は捨て
てゆくしかないだろう、と思えた。
 反連合側の協力者、ジャニル・ミート艦長のもとへは、なんとか自力で合流
する他にない。戦場に散布されたトミノスキー粒子は、ますます異常な濃度に
なっていて、通信を、まるで使えなくしていた。
 緊急手順でハッチを開くと、ゼスクは各坐したガソバルエビオスの機体から、
森林に降り立った。
 「……!? 兄さん……兄さんなのっ?」
 その声に、ゼスクはヘルメットについで、仮面を取った。
 なぜ、妹ラスクがここにいるのだ、という疑問を持つことはなかった。
 エビオスの落下を見て、近づいてきたのであろう、という想像はできるが、
なぜ戦場に、歌姫であるラスクがいるのか、それが疑念になることはない。
 『またしても、こんな場にいるのだな……お前という女は……』
 ゼスクには、ただ、その感慨だけが広がって、苦笑させた。
 「兄さん……また、そうやって落ち延びて、ふたたび戦場に戻ろうとして…
…なぜ、兄さんのその力を、無益な争いにしか使えないですか……!」
 ゼスクは、仮面を手に、いったんはラスクのもとに近づきつつ、
 「フ……平和のためには、争いは無益であると割り切れる、それは、理想論
なのだな? 私は、この仮面を被った時から、それらの理想論のみで生きるこ
とを捨てたのだな……この戦場というのは、そうした汚れ役を引き受けた者達
の場所であって、お前のような女のいるべき場所でもないのだよ」
 「……? ……わたくしが、この争いの場に身を置いているのは、それは、
この場の悲しみを集めるためのことですわ……戦いにおいて、人の意識がつぎ
つぎと白くなって溶けてゆく、けれど、その思いをすべて集めて、人々の間に
示すことができれば、憎しみが憎しみを呼ぶのではなく、やがて、それを超え
てゆけることがわかる、兄さんには、それが感じられなくて? それは、伝説
の歌姫アムロ・ナエミが、かつて示したことなのですわ……」
 「お前が、歌姫として、理想論と伝説を追いかける、それはよい……」
 そうは言いつつも、ゼスクは、ファースト・ガングロのアムロの伝説など信
じてはいない。それ以前に、昔から妹ラスクが主張するそのつど支離滅裂な言
葉などは、ゼスクは、いつも通りに聞き流しつつも、
 「だが、私としては、そういう話をする時期でもないのだな……私は、私な
りに平和の実感を得て、この戦争の中で、やらなくてはならないことを数多く
見つけたのだよ。それを終えるまでは、決して、死にはしない」
 「戦いが呼ぶ戦いを続けながら、何の、平和の実感というのですか……!」
 「ン……。だが、人々は、自我の発散というものなしには、結局は平和へと
落ち着くことはできないものだな? 平和のためには、それを経由する以外に
ないのだよ。……それは、人間の性(サガ)というよりも、男の性、とでも言う
べきものなのだな……」
 「…………!」
 それは、ラスクにとって、愕然とさせる宣告である。
 男とは、それほどまでに違うものなのか、と思えた。が、その異質をラスク
の眼前に突きつけているのも、現に兄の、仮面の姿というものであるのだ。
 「……戦場から離れるがいい。現実を変えるのではなく、戦争の現実に立ち
向かう手段というものは、それは、どうあがこうと、人にはごく限られたもの
しかない。故郷に戻り、戦争が終わるまで、ひそやかに暮らすのだな……」
 ゼスクは、そう言うと、ふたたび仮面をつけた。それは、ゼスクが一方的に
会話を打ち切り、立ち去ることを表していた。
 ラスクは、消えてゆく兄の背中から、徐々に目を落としていった。ただ、と
めどなく涙があふれて、そんなラスクの頬を伝い落ちていった。
 『そんな……そんな男の性などという、思いにこだわるから……いつしか、
男性自身の激しく怒張するそのものを、男同士のあいだで激しくぶつけあうだ
けの生き物にされてしまうのですわ……!』

 ガソバルエビオスを捨てた辺りと、妹ラスクの姿が見えなくなるまで、ゼス
クは振り返りもせずに、ランカスターの林の間を進み続けた。
 『生き延びてくれよ……』
 歩きながらのその間も、それが、ゼスクの実感である。
 しかし、ゼスクも、ジャニル・ミートの艦と合流するには、徒歩ではかなり
になる距離を、歩かなくてはならなかった。
 と、ドムーっ、と木々の合間を滑りつつ、反連合軍のジドワッジ改の一機が、
交戦中の連合軍のモビルフォース、ズク・アインともつれあい、ゼスクの見上
げる視界に入ってきた。
 「ムヌゥッ!?」
 ジドワッジ改が胸部の拡散ビーム砲を放ち、そのビームと、ズク・アインの
手にしていたビーム・サーベルとの間に、激しいビームの干渉が起こった。
ビームの粒子が雨のように降り注いで、森の木々を焼いた。
 ビャォッ! バヂューーン!!
 「アうぐゥッ!」
 ビームを形成する縮退化トミノスキー粒子とは、モビルフォースの装甲に対
しては、損傷ともよべない、小さなピンホールをあけるものでしかない。
 が、飛散してきた灼熱の粒子の2、3は、ゼスクの身体を直に貫通し、即死
させていた。
 その光景に気付きもせず、ジドワッジ改は、ドウッ、とテール・ノズルを吹
かすと、連合軍のモビルフォースを追う形になって、通り過ぎていった。


 4

 「圧されているな……」
 配下のヒギョパム隊と共に艦に帰投したルッピョロ中尉が、ブリッジに上が
ってきたとき、艦長のジャニル・ミートは、そう呟いていたところだった。
 反連合側のモビルフォースは、ルッピョロら協力勢力のヒギョパムなどを除
けば、旧アゴン公国が使用していた、旧型のゲルグキャノン、デザートザイッ
ク、ズモッジEなどで、何より、その数が充分ではなかった。
 ジャニル艦に先刻、届いた”百弐”のような、新型の一機二機などより、ジ
ドムトローペンの一中隊でも回して欲しいというのが、現場なのである。
 そのうえ、連合側には、フリーチソガンガルがまだ動いていた。
 あらかじめ配置されたアッカムリーダーで、フリーチソを抑えるはずであっ
たのが、アッカム隊が、その前に壊滅したのである。
 キラ・ヨシガケのフリーチソガンガルは、かつての大戦の伝説のモビルフ
ォース、旧連合軍時代にジャニルが使用していたガルバンダブリャエックスに、
単に、ヴェスバーを取り付けただけの機体である。
 その機体の性能を、ジャニルは熟知していた。だからこそ、フリーチソガン
ガルが残ることは、まだ、予期できていたことではあった。
 「……わたしが出ようか。”百弐”を試してみたいが、どうかな」
 艦長席の傍らに立っていた、赤い袖なし服のクロトワ大尉が、鼻元のドジョ
ウ髭をなでつけ、ついで、ひねった。
 そのドジョウ髭は、本人が金髪だというのに、髭は漆黒なものであるので、
変装用の付け髭であると大胆に推測する者も、艦にはいた。
 「調整が、間に合っていないのではないのか?」
 「ン……そこは、牽制でいいのだよ。万全な状態で使用できる必要は、ない
ものな?」
 クロトワの、そう言ってから、ブリッジからモビルフォース・デッキに向か
う赤い背中を見送るジャニルの目は、しかし、複雑なものである。
 例によって、新型機ばかりか、装備や戦法を無断で駆使する気であろう。
 謎の経歴と、底の知れない技を持つ、クロトワのそれらの行為は、これまで
は、それによって事態を好転させることもたびたびあったが、それが反連合の
流れにとって良い結果と言えるのか、判断を下すには、戦況自体が常に悪い。
 ただ、どちらにしろ、ジャニルにとっては、気分のよいものではない。
 「ツァア・アジナブルという男か……」
 そう、呟くようにしたのは、艦長席の側に来ていた、ルッピョロ中尉である。
 「……? 中尉は、前の大戦中に、ツァアを見ているか?」
 ジャニルが、そう言えたのは、ベテラン兵のルッピョロの風格と言動に、普
段からクロトワへのそれよりは、ある程度の重みを感じているからでもあった。
 「……私は、アテロス・アゴン戦役では、対ジドム用ウォーカースーツ05
型の部隊でした。ツァアのものであったという、赤いワック・ジドムや強化新
型ゲルグには、じかに遭遇したことはありませんが、そんなスーツに乗せられ
ていた頃ですから、それは、幸いなことであったと思っていますよ。……しか
し、これは、兵らの間で言われていたものですが、ツァアのものであった、と
伝えられる赤いモビルフォースからは、何か、その場の戦場の気を支配するよ
うなものが出ていたと、噂されていたものです」
 「……クロトワ大尉から、それと同じ支配力を感じると?」
 ジャニルは、ブリッジから垣間見える戦場に、ふと目をやった。無論のこと、
肉眼で戦闘空域が見えるような距離ではない。
 「それは、そのツァアの動きというものを噂でしか知らない私には、分から
ないことです。……しかし、今の私のヒギョパム隊の、部下の間でのクロトワ
大尉の評判は、不思議と、当時のツァアの噂によく似た言葉によって、囁かれ
ているものです」
 「……願わくば、その戦場を支配するという力が、今、この場でもそう働い
て欲しい、ということか……」
 ジャニルの呟きである。
 「百弐、出るぞっ!?」
 クロトワの搭乗した黄銅色のモビルフォースは、骨ばった華奢なフレームの
露出した構造が目立つ機体であったが、同時にそれが、機体のシルエットをい
かにも鋭く、精悍なものに見せていた。
 それが、ドウッ、とテール・ノズルを吹かして浮き上がると、鋭い光を見せ
て、戦場の一端に単独で一直線に切り込んでいった。
 先ほど撤収を終えたルッピョロらヒギョパム隊と同様に、順次撤退してゆく
反連合のモビルフォースを追う、その連合のモビルフォース隊の、突出した一
機空域に、クロトワは百弐のハイパー・メガビーム・サテライト・バズーカ・
ランチャーを向けさせた。
 その砲は、本来ならば、最強戦士ドンをはじめとするガルダン・シリーズの
上半身を丸ごと換装して使用するコスモ・ビーム砲として、太陽系・バザル帝
国戦役の頃、開発されたものである。システムを稼動できるパイロットも機体
もないので、ジャニルの艦に放置されていたのを、クロトワは、無断で持ち出
したのである。
 トミノスキー粒子の異常濃度のため、識別のモニタにはノイズの荒れが目立
つのだが、その先端には、フリーチソガンガルの機影があった。
 「いけるかっ!?」
 ズバウッ! ギュルルンッ!!
 ギャバーン!
 百弐のハイパー・メガビーム・サテライト・バズーカ・ランチャーは、クロ
トワの意思を反映して、狂暴な野太いビームの渦を発生させた。
 突如として戦場の大半を、わずかな瞬間であれ、照らし出す光である。
 それは、フリーチソガンガルの滞空する領域を飲み込み、フリーチソが自動
展開したPS2装甲をも貫通して、メインエンジンを直撃していた。
 「おアッ!?」
 明確な害意というものが向けられてもいないその攻撃の、意思の流れを感じ
取るまでもなく、フリーチソの機体ごと、キラの身体は瞬時に蒸発した。
 フリーチソガンガルのエンジンは、ストライキガンガルの4倍もの出力に及
ぶものである。
 つまり、それは、20倍以上のエネルギーゲインがあるということである。
 その爆発時の苛烈さは、艦艇や大型発電所の炉の爆発に比しても、尋常なも
のではない。
 フリーチソガンガルの機体のベースとなっていたガルバンダブリャエックス
の、かつての搭乗者であったジャニル・ミート艦長ならば、それを知りえてい
たかもしれず、あるいは、そのエンジンを必要以上に暴力的なビーム攻撃に晒
すことがはらむ危険について、クロトワに事前に忠告するといったことも、可
能であったかもしれないのである。
 しかし、戦争といった、目まぐるしく混濁する状況で起きた、現実の積み重
ねでさえも、その一部だけに着目して、運命の悪戯であるかのようにみなそう
とするのは、人の、過剰な意識のなせるわざである。
 人間というものの理想は、そうして積み重なったままならぬ現実に対して、
もっと利巧に行動できるはずである、と信じる。
 それが、理性というものの実体である。
 しかし、この宇宙時代においても、人がそこまで便利になれたと言えるほど
には、人々の進歩は明らかなものになっていないという、その事実は人々にと
っては苦痛をもたらすものでしかないが、それを、受け入れ続ける他にないと
いうのが、人間といういまだ、矮小な存在なのである。
 それは、この時代においては意識というものの強さにおいて、最も突出して
いるであろう、クロトワの名を標榜するツァア・アジナブルにしても、キラ・
ヨシガケにしても、他者とのあいだに、大きく差を示せるものではない。
 それは、とても悲しいことだ。
 だが、それが彼らの結末をこのようなものにしたというのは、しかし、あく
まで結果論でしか、言えることではないのである。
 ズゴバウッ!
 フリーチソのエンジンの爆発は、ランカスターの田野一帯に、凶暴な光とな
って、荒れ狂った。
 フリーチソの反応炉は、核反応の封じ込めのために、きわめて強力なトミノ
スキー立方格子フィールドを、そのエンジン内部に形成していた。その理論の
いまだ不完全なエンジンからは、つねに膨大な量のトミノスキー粒子が漏洩し
ていた。
 さらに、背部の飛行用のトミノスキー・ドライブ・ユニットからつねに異常
散布されていた濃厚なトミノスキー粒子、それらが、百弐のハイパー・メガ
ビーム・サテライト・バズーカ・ランチャーの、一方的ともいえる威力と、フ
リーチソガンガルのエンジンの爆発によって、一気に共振したのである。光の
オーバーロードは、両軍の全モビルフォースごと、戦場のすべてを呑み込んだ。
 そのトミノスキー粒子をも介して、フリーチソの爆散とともに広く宇宙に拡
散したキラの意識は、連合軍の陣営に戻っていたラスクの、大脳皮質をゾワッ
と直撃した。
 「何……この気持ちの悪さは……?」
 兄ゼスクの意識が途切れた時に感じなかったものだが、それは、人の意識の
拡散が呼ぶものが、決してつねに便利なものではないという、それだけのこと
なのである。
 「これは、まるで……キラ自身が……キラの生あたたかいものが……わたく
しの中にあふれ出しているような感じ……ウ……アウッ!!」
 ラスクは、下腹から肌を這い上がってくるような不快感に、身体の先端と、
舌先がつめたくなるのを感じた。ラスクはその下半身を庇うように、うずくま
りつつ、喘いだ。
 だが、そのはじめての感覚を充分に受け止める間もなく、そのラスクの意識
も、直後に隔壁を四散させた爆風に包み込まれた。
 戦場全体を覆った爆風は、ビームを放ったツァア・アジナブルの百弐の戦域
をも飲み込み、百弐は暴風の中、その機体を四散させていった。
 「アスパラが花をつけている……」
 激震する百弐のコクピット中の、そのツァアの呟きも、語尾を爆光の中に消
えさせていった。
 共振し、やがては拡散してゆくトミノスキー粒子の奔流の中、逡巡と怒りに
よって、人々の意思は悶えながらも拡散してゆく。
 大地と宇宙は、その四散してゆく人々の思いを、ただ飲み込んで、時を刻み
続けるのである。
 残されたものたちは、人と人、人と自然との摂理というものが、依然として
なお、彼らにとっては、過大な重さをもつものであると知りつつも、生き続け
るのである。


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